老生不定、無常迅速。
人の人生は分からない。老人も、たとえ幼子といえども死は予測できず突然訪れる。無常なる浮き世の定めの前に人は無力をさらす。時は人を待たない。世の中は時と共に移り変わる。ならばこの世は旅人として来たと思えばよいではないか・・・
先月、友人の出場するトライアスロン大会観戦時の出来事である。
始めて観戦するトライアスロン競技に興味こそあったが、3年前に突然白血病を発病し、その後類稀なる強靭な精神力により病を見事克服した友人の退院後2度目となる復帰戦である。何はともあれその勇姿を拝見したいものと考え、電車と船を乗り継ぎ一人会場に向う。
大会は1.5キロのスイムから始まる。選手は元気よく一斉に浜辺から沖に向かい泳ぐ。早い選手で30分、それでも大半は60分以内でスタート位置に戻る。
友人は上位、しかも元気よく戻ってきた。声援に応えるや否や、颯爽と自転車が待つトランジションまで駆け抜ける後姿に安堵する。
その後8割程度のアスリートが砂浜に戻り、海上では滅法少なくなり始めた泳者がそれでも一生懸命に浜辺を目指して力泳していた時である。思いもよらぬ事態に遭遇してしまう。
「AED、AEDが必要です。選手が泡をふいてます・・・」
浜辺からフェリー桟橋に引き返そうとする自分の真横を、スタッフの女性がけたたましく本部に向い走る。桟橋から本部までの距離は100メートルもない。
海辺に目をやると、たった今までは力泳していたアスリートの一人がフェリー桟橋に仰向けになっており、その横を付き添うように一人の長身選手が立っていた。その周囲には数人の大会関係者が心配そうにアスリートの様子を覗き込んでいた。
周囲が突然あわただしくなる。私が初めて見た時には桟橋に10名程度であったか・・・しばらくすると次から次に関係者が本部席より駆けつけた。
すぐにロープを張ることで一般の立ち入りが禁じられた。周囲に緊張が張り詰めた。ギャラリー達は心配そうにフェリー乗り場入り口より桟橋の状況をじっと見守った。
駆けつけた関係者の一人が上半身のウエットスーツを脱がし、心臓マッサージを始めた。
何度も何度も繰り返す。最初は軽く、次第に力強く・・・
これほど強く押さえてもよいものか、そう思えるほど強く胸を押していた。
10分が経過、それでもまだ続く。救助にあたる関係者も、周囲を見回したり桟橋を歩き回ったりと落ち着かない様子が伝わる。あきらかに焦りが見える。
ギャラリーの一人が言った。
「10分以上続いている。これでも重篤な障害が残るんだ。早く目を覚ましてくれ」
20分、30分が過ぎる。時は止まってはくれない。いつものように流れゆく。
背後ではトップ選手の操る自転車が周回のために通過するとのアナウンスがあった。
多くのギャラリーは応援する家族、あるいは友人のため選手の走行する道路を囲み、お目当ての選手を待つ。
わずか数十分前、多くのギャラリーが熱い歓声を上げていた浜辺と、選手が競い合った海に人影はない。
ただ、眼前には生死をさまようアスリートを囲むように必死で蘇生を試みる関係者約20名の姿が映る。
様子を見守る人こそ僅かではあったが、皆アスリートの無事をひたすら祈る思いでいた。
最初に救助にあたった長身の選手は、その後もじっと心配そうに容態を見守っていた。ゼッケンナンバーをつけスエットスーツ姿のまま、本来の競技とは全く違う救護活動に精神を集中している様子が伝わる。
しばらくして、その選手のとった行動には驚かされた。
彼は救護班がわずかに心臓マッサージの手を止めて連絡のため腰を浮かした瞬間、周囲を制してアスリートの腹上に中腰姿勢となり胸に両手を当てて心臓マッサージを始めたのだ。
彼の施した時間は長くはなかった。それは要領が悪いとかの問題ではなく、おそらく専門救護チームとして数名がまだ待機していたからであろう。1分程度マッサージを施し、周囲と言葉を交わした後は再び立ったまま目を凝らして覗き込む少し前の姿に戻った。
しかし・・・彼はほんの僅かな時間でも必死の想いで蘇生を試みた。またあのタイミングは後から考えてみても尋常ではない。とっさにとる行動とは彼のこれまでの生き様において、ごく自然な行為にすぎないのかもしれない。しかし・・・平素から人の援助を念頭に考える行動を当たり前としなければ、まさに緊急事態にその行為に及ぶことはありえない。
溺れたアスリートを発見して、その後続けて救助に関わった選手の一人であることに間違えはないであろう。責任というより自然に目の前のアスリートを助けたい気持ちで胸が一杯になったのであろう。彼がした純粋な行為にただ、ただ頭が下がる想いであった。
その後の自分は、長身選手の持つ無限の力を信じてみたい気になる。
そして彼の行動にも注目した。しかし、40分経過しても経過に変化はなかった。
沖合いから2隻の高速艇が到着した。一隻は警察艇、もう一隻は救護艇であった。
救護艇から3人の救護士が桟橋に降りてアスリートのところに駆け寄る。そして同じ要領ではあるが救命マッサージを試みる。
「これで状況が変わるかもしれないぞ、頼んだぞ」
周囲の人とそんなことを語りつつ期待してみた。
しかし、それから10分程経過しただろうか・・・状況に変化がなかった。
その後、タンカーが運ばれアスリートは救護艇により病院に向う人となった。
その際、アスリートの体を真横から支えたのは救護士でも警察官でもなく、あの長身の選手であった。
救護艇が去った後、警察による事情聴取のため一部の関係者のみが桟橋に残った。少し離れたところでは長身の選手がすでに視界から消えていないはずの救護艇の去った方角に目をやり、立ち尽くしていた光景が目に焼きつく。
その後レース観戦に戻り、復帰第2戦の友人の晴れやかなゴール姿を見る事が出来た。
ゴール後は最高の笑顔を振りまいてくれた。彼にとって充実したレースであったことがとても喜ばしく思えた。また、これほどまで前向きでファイト溢れる友人を得たことに誇りを感じた。
「友人も死の淵から生還し、ここまで元気な姿になれたんだ。きっとあのアスリートも大丈夫に違いない。」
そう考えた後、不思議にその出来事が気にならずレース鑑賞を終えた。
しかし、翌日思いも寄らぬ人からアスリートの死の知らせを受ける。
この悲報のニュースであるが、自分には不思議なことに情報手段から耳にはいることはなかった。このニュースを避けていた訳ではあるまい。しかしことのほか多くの人が知っていたのだ。
さて、この出来事であるが最初は自分の中で封印すればよいと考えていた。
しかし、その会場に自分が居合わせたことを伝えるごとにこの悲報の話題となる。また、それぞれが過去の個々の体験によりこの出来事をとらえそれぞれの言葉で発することにつき、自分の見たありのままを語りたい気持ちにさせた。
つまり、いつの間にか次第に自分がその場に居合わせた事実にある種の責任を感じるようになっていた。
それゆえここに全てを書き留めた。
その日、アスリートはゴールを目指していた。私の友人と同じくテープを切る瞬間のため精神を研ぎ澄まし、日頃鍛えぬいた肉体をさらに追い込みつつ・・・
力を抜く事をまるで戒めるように、打ち寄せる波に力一杯向かっていた。まさに力を尽くし切っていた。
そしてその崇高なる精神はゴールした。
勇敢なる人生を讃える美しくもあり、また清き世界がそこにあろう。
海を愛し、人を愛し、スポーツを愛したアスリートに心よりご冥福を申し上げる。
肉体には限界があるかもしれない。しかし、精神に限界などあるはずはない。
仮にあるとすれば、拡大できる自らの世界を拒んでいるに過ぎない。
肉体が命じることより、時々刻々と変化し拡大する精神世界を重んじる。また生死を論ぜず、つねに生きる。生き抜く。
死が恐怖とするならば、封ずるにはその道しかあるまい。その場限りを大事にして、まばたきの瞬間すら意識を持ちしっかり生きる。
生きていても死んでいるような人がいる。
ならば、死んでも生きている人がいるのではないかとよく考える。
死を避ける事ができないのが我々人間である。あらためて考えるまでもない。人間はいつでも死と背中合わせに生きている。だからこそ意義がある。生きることにも死ぬことにも意義がある。
力を尽くしたアスリートと、その彼の生を支えるため献身的に働いた長身選手、かって死の恐怖と戦い、見事死の淵からよみがえり過酷なレースを征服した友人。
この3人のアスリートより、人間の尊厳と人生の与える意義があまりに深く重たいものであることを感じてやまない。
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