下関海響マラソン参戦記 

沿道は、ランナーを応援する観衆で切れ目のない人垣である。

42.195キロメートルの間、暖かい声援が途切れる事がなかった。

観衆の応援に心で感謝しつつ、表情は実に硬かったことであろう。あごをあげ、口は大きく開けたまま、腰を前に折る不恰好な姿勢で走る。動きを忘れかけた瞳孔は目前の一点をただ見つめ続けていた。

空から見下ろすと溺れかけた昆虫が川の流れに逆らうため手足を動かし必死にもがいている様子に見えたか・・・元気のあるランナーが後から追いつき、次から次に自分の両脇よりリズムカルに走り抜ける。

「頑張れ、頑張れ、人生、頑張れ!」

のぼり坂の中腹に陣取り、手製メガホーンを片手に7500名すべてのランナーに届くように、声を張り上げ熱心に応援してくれたお年寄りの姿が目に焼きつく。またその声がゴールする瞬間まで心に鳴り響く・・・

沿道の皆様の心温まる応援に、あらためて感謝を申し上げたい。

さて、トレーニングそのものは楽しい事である。いくら追い込んでも楽しい。

トレーニングをする行為がごく当たり前のことと思うようになると、過去の自分と現在の自分が変化したことに悦びを見出す。変化は肉体と精神の両面から現れる。しかし、そのバランスとなるとトレーニングでは分からない。だから・・・レースに出る意義がそこにある。

レースで結果が出た瞬間、最大の悦びが心に怒涛のように訪れる。

しかし、長くは続かない。瞬く間に消える。

しばらくして、今度は大きな不安に陥る。その変化がまた、変化してしまうことを恐れる。

これは無常なる世の理。

練習環境は変化する。老いは容赦なく迫る。体の思わぬアクシデントもある。

さらに現在より向上する変化を望むとすれば、必然として以前よりさらに厳しいトレーニングを積むこととなる。

そのトレーニングを重ねると、継続したことに対し無意識のうち悦ぶ気持ちが生じる。するとレースに出たくなる。

つまり、こうした繰り返しによりトレーニングそのものが楽しくてやめられなくなる。

しかし、レースで満足な結果が出なかった場合はどうであろうか。

まず過去のトレーニングそのものを否定する。

自らの足りない部分をさらに厳しく見つめる。

その後はやはり・・・さらに厳しいトレーニングを積むこととなる。

その変化に安堵した頃、レースで結果がでなかった記憶、つまりはトラウマが消える。

肉体と精神面の変化を時系列的にたどると、結局はトレーニングそのものが楽しいことであり、レースがそれを教える役割に在ることを知る。

過去の自己を肯定することは、未来への道のりをよりたしかなものとして考える習慣を作り出す。

一つの道を飽きもせずひたすら精進することは、人生の意味を理解できる手掛かりでもある。

さて、一人一人に「人生、頑張れ!」と暖かいエールを贈り続けてくれた、あのお年寄りのここまでの人生を失礼ながら想像する。

おそらく困難に立ち向かい、逃げない努力を続けた人ではないだろうか・・・いや、必ずそうだろう。

何故なら、その言葉すら恥ずかしくて言えない大人が私を含め大半なのだから・・・

いや、今回は言葉を受けた全ての人がそれぞれに受けたその言葉を感ずればよい。

体など壊れろ!皮膚も裂け足も腐れ落ちろ!全て拾い集めて再生するぞ!

明日15日は7日ぶりのフルマラソンのレース、自身8度目の坂マラソンに挑む。

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為政者に注文。

そこにお金がある。

それは世の人々と同じく、汗水たらし働いて得たお金ではない。

利権に群がる人が見返りを期待し、投資したお金である。

そのお金の多くは社会的活動において、正当な労働の対価やサービスの報酬の類であろう。(そう思いたい。)

しかし、集めた側は支払う人ほど苦労した訳ではない。

苦しくないから、お金そのものに本来の価値を与えない。

そのお金がたくさんあるから隠す。

必要だから、いや必要な時期が間違えなく到来するであろうなど理由付けは容易だ。

お金がどれほどあっても不足と考えるのは欲心。

一度嘘をつく。

嘘が嘘を作る、嘘の連鎖が生じる。

やがてその嘘は自分で作ったものでないとさえ考え始める。

巧みな言い逃れこそ真実の語り口と近い。

熱く語る内に無実の人を批判してみせたりする。

嘘も100度語れば真実に聴こえるもの。

しかし、一度尻ごむと見せるや身辺に責任者を立て逃れる作戦にでる。

既に常套手段になりつつある。ほとぼりが冷めるまで舞台に上がらない。

さて、お金のルールを守れなかった政治家がこの度、国家権力の頂点に立つ。

ここはまるで汚職にまみれた金権政治のタイ王国?とても世界の先進国には思えない。

と、同時に1億3千万人の国家財産を懸念する。

さて、非常事態の財政をさらに悪化させた場合、また何処からか責任者を探し糾弾させるつもりであろうか?

そうならないように厳しい目で監視しなければなるまい。

為政者が不自然な作為に憧れる限り民に平安はない。

人心は腐乱し、盗みや犯罪が増える。社会は混乱する。

将来を先取り失態を晒した領袖に汚名返上の時間を与えるとすれば、すでに相当疲弊した民衆に活力を与え、友愛のメッセージに嘘偽りがないことを示すことだ。

国家窮乏の危機にあることは万人が認めるところ、急ぐべし。

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苦行探求 2009

苦しみとは生きること也。

人は生れ落ちる時、また死に向う時も等しく、もがき苦しむ。

老いて人生とは苦行の場と知る。

苦と楽を識別する分別こそ処世に拠る。

欲望と同じ数だけ楽があり、そこにはまた苦があることを知る。

分別の後、苦の道を選択するを楽也と心得る。

初めより苦を選べば、最大の苦たる「後悔と呼ぶ苦」がその場で滅する。

されど時の経過より森羅万象が移り変わるはこの世の常。

久々に訪れた楽の次はさらに進化を遂げた楽、つまりは大いなる苦の始まり也。

苦や楽に身や心を奪われ疲れ果てる。すると変化こそまさに苦と感じる始末。

自己保身の心ある限り、楽や苦などの呪縛から逃れられまい。

仮にある人が、すべての苦を楽として考えたとする。

すると、時の経過で起こる変化は一切の容赦なく、少しでも楽な状態であろうとする己を責め立てる。

そこでまた、新たな苦が楽とともに生じる。

つまりは苦の源を断じ、その苦を乗り超えるための新しい苦を待ち望む。

ここで、「苦もまた楽し」とする胆ができる。やがては楽と苦という二元的価値観を超越する至福の心境が訪れる。

それにはまず、人生を真面目に生きて多くの経験を積む必要がある。

では、楽をすべからく苦と考えることは容易であるか?

いや、できにくい。できまい。

自然な振る舞いが容易でなく、また不自然が自然になろう。

ゆえに苦を楽とする思考を心地よしとする。

人間は、一日に10億の細胞が入れ替わる。

ゆえに昨日の自分と今日の自分は、似て非なる存在也。

また、脳は自己防衛のため本能の命じるまま記憶を忘却する。

創造主は人を作る際、実によく考えていたものだ。

繰り返すが、人は時と共に移り変わる宿命にある。

ゆえに楽を断じて苦に向う平素の心構えこそ大事といえよう。

苦行に励む我友に、私の座右の銘を贈る。

常に独り行き 常に独リ歩く

達者同じく遊ぶ 涅槃の路

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MIKANマラソン参戦記

10月18日の日曜日、広島市の対岸にある江田島で行なわれた第24回江田島MIKANマラソンに参加した。

この大会は陸連の公認大会、また中国地方としては参加者が多いことで知られる一方、全国より多くの医師ジョガーが集まりサポートすることから、ハンディーを持つランナーが力いっぱい走る姿も見られる。お互いに力づけることで否が応でも大会は盛り上がる!

この島は年間を通じ温暖、また降雨も少ないことより県内でも有数のミカン産地、大会名称に示すように、島に入ると早生みかんが山の傾斜をだいだい色に染めていた。

この大会は地元で開催されるため実に顔見知りが多い。通路を挟み撃ちになりながらも挨拶に応じる忙しさ?である。地元走ろう会の面々、同級生夫婦、過去の大会でご縁の会った人などなど・・・こうしたふれあいの喜びが続けて大会に出場する動機にもなる。

本日出走はハーフの部。9月の100キロマラソンから丁度3週間が経過、前走はといえば人生初のリタイヤを覚悟をしたほど厳しいレース内容であった。回復の兆しがここにきてようやく練習にも見え始めていた。この手の回復は時を待たない。ある時までは緩慢で、期が到来すると一気に回復を見せる。いわゆる超回復と呼ばれるものである。いや、そう有りたいもの!と淡い期待を持ちつつレースに臨む。

本日は力強いチームメイトが下関から乗り込んできていた。K氏である。

元格闘家だけあり、その身体能力には目を見張るものがある。持久力も抜群!チームでも伸び盛りの若手である。

彼は奥さんと市内に前泊、会場までご一緒した。途中いくつかの渋滞があり予定時間が迫るごとに度々焦る。何しろ彼の本日の目標は高い!そのため過酷な減量に加え、厳しい練習を繰り返していた。少しでも早く会場に到着してUPとストレッチをさせなければ・・・しかし慌てるほどではなく予定より約10分遅れで到着、何よりほっとした。(ごめんなさい、潜水艦を見れたからよかったでしょ!)

現地では地元のS氏が待ち構えていた。走友兼コーチ兼飲み友である。

彼も調子が良いらしく、間違えなく二人は上位に絡むと予想した。(二人とも入賞でした!)

アップが終わりスタート。ゲストランナーの高尾さん、実に清清しい!!思わず見とれていた。スタイル、服の着こなしは一流。運動神経のみなぎるマスク!?トークもアスリートらしくさわやかであった。

バーン!号砲とともにスタート。天気は快晴、温度は21℃程度。

前半から海より陸に向け吹き付ける強力な風に悩まされる。当日、台湾で小型の台風が吹き荒れていたそうだ。道理で!招かざる客人によりランナーは次第にいらだつことになる!

さて、この大会は三度目ということでコースこそ熟知していた。従って本日の目標は自己ベスト更新である。

このコースは折り返しコース。前半と後半の最初と最後に少しきつめの坂がある。

前半は押さえて後半の坂道以降、一気に加速してゴールする作戦を立てる。

しかし前半の強風はペース維持のための体力をかなり奪った。最大で6~8m程の風であったか・・・スタートより折り返しまで真っ向から当たる向かい風としてランナーに立ちはだかる。

「まともに風を受ければ最後まで持つまい」

そうした場合にランナーは自然発生的に集団を作る。

互いにペースが合えば、できるだけ集団の中で走ろうとする。まさにテレビで見るあのプロのマラソンレースさながらを市民ランナーも行う。

しかしその先等は風除けの役目であるためこたえる。それで集団での決め事があるかの如く暗黙のうちに入れ替わる。いやお人好しがやはり損をするか?

私は長身ゆえその役になれば一同が安堵する。

これまで意識こそしなかったが、私のペースで走ろうとピタリ、真後ろに着くランナーは案外多い気がする。(被害妄想?)

集落から海岸線に出たころ風は一層強くなる。その時、約8名の集団で構成されていた。

風が吹くほどに集団は小さくまとまった。

ペースをあげかけた自分がいよいよ集団の先頭になるときが来た。

その時はまだ余力があったのか、集団の慣例を破るべくスピードを上げてみた。

やがて一人旅が訪れた。

折り返しでチームメイトのK氏とS氏の勇姿。二人とも5位以内をキープしている。

「頑張れSちゃん、Kちゃん」

相手への声援は自分に向けてのエールでもある!しばらく足が軽くなるから不思議だ。

折り返し地点を過ぎたところでゆっくり走るゲストランナーの高尾さんとハイタッチ!

冷たい手であったがしっかりと元気を頂いた。感謝!

前半悩ました風は後半は追い風とはならず無風状態となる。いや、レースに欲は禁物だ。

いよいよ後半の山越えである。例年失速を繰り返す忌々しい場所でもあり、トラウマ化しないためにも良きイメージで通過したいところである。

だが・・・やはり捉まる。

昨年見覚えのある古びた立て看板は今年も顕在、まるで魔の標識だ!

足の上がりが悪い。元気の良い4人にたちまち抜かれてしまう。

「えー、みんなこれ程背後に迫っていたの?」

別に特定のランナーと競っている訳ではないが、抜かれるとペースダウンを認めざる終えずそれがさらなる失速を招く、いわゆる精神的ダメージ。

まるで反省のない私は今年も同じことをやってしまった。

しかし・・・最後の直線5キロでは5人ほど追い越して昨年より18秒早くゴール!

また追い込みの場面では前屈姿勢の新しいフォームでのスピードを試す事が出来た。

しかも今回は前半より後半の方が41秒早い!つまりはピッチ走法を自然に行なっていたことになる!しかも結果だけみるとビルトアップ!!

風による体力消耗を出来る限り抑えつつ、後半体力を回復させたところに少しだけこのレースの収穫を感じた。

その夜、入賞したK氏と奥さん、S氏と4人でお好み焼きによる打ち上げをしてレースを振り返る。至福の時間が瞬く間に過ぎる。次の日、頭が痛い!?

満足してもいけないし、また自分を責めるだけでは何も生まれない。

約1時間30分のためにこれまで行なった練習の蓄積とレースまでの調整方法が結果として出た事に過ぎないのだ。

だけど優秀な成績を残した友人のおかげでモチベーションはさらに上昇する!

次走は下関海峡マラソンである。

今シーズン初のフルマラソン。しっかり調整して万全な体制でレースに臨みたい。

マラソンシーズンに入り、競技依存症を益々自覚する日々が続く・・・

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人生の意義

老生不定、無常迅速。

人の人生は分からない。老人も、たとえ幼子といえども死は予測できず突然訪れる。無常なる浮き世の定めの前に人は無力をさらす。時は人を待たない。世の中は時と共に移り変わる。ならばこの世は旅人として来たと思えばよいではないか・・・

先月、友人の出場するトライアスロン大会観戦時の出来事である。

始めて観戦するトライアスロン競技に興味こそあったが、3年前に突然白血病を発病し、その後類稀なる強靭な精神力により病を見事克服した友人の退院後2度目となる復帰戦である。何はともあれその勇姿を拝見したいものと考え、電車と船を乗り継ぎ一人会場に向う。

大会は1.5キロのスイムから始まる。選手は元気よく一斉に浜辺から沖に向かい泳ぐ。早い選手で30分、それでも大半は60分以内でスタート位置に戻る。

友人は上位、しかも元気よく戻ってきた。声援に応えるや否や、颯爽と自転車が待つトランジションまで駆け抜ける後姿に安堵する。

その後8割程度のアスリートが砂浜に戻り、海上では滅法少なくなり始めた泳者がそれでも一生懸命に浜辺を目指して力泳していた時である。思いもよらぬ事態に遭遇してしまう。

「AED、AEDが必要です。選手が泡をふいてます・・・」

浜辺からフェリー桟橋に引き返そうとする自分の真横を、スタッフの女性がけたたましく本部に向い走る。桟橋から本部までの距離は100メートルもない。

海辺に目をやると、たった今までは力泳していたアスリートの一人がフェリー桟橋に仰向けになっており、その横を付き添うように一人の長身選手が立っていた。その周囲には数人の大会関係者が心配そうにアスリートの様子を覗き込んでいた。

周囲が突然あわただしくなる。私が初めて見た時には桟橋に10名程度であったか・・・しばらくすると次から次に関係者が本部席より駆けつけた。

すぐにロープを張ることで一般の立ち入りが禁じられた。周囲に緊張が張り詰めた。ギャラリー達は心配そうにフェリー乗り場入り口より桟橋の状況をじっと見守った。

駆けつけた関係者の一人が上半身のウエットスーツを脱がし、心臓マッサージを始めた。

何度も何度も繰り返す。最初は軽く、次第に力強く・・・

これほど強く押さえてもよいものか、そう思えるほど強く胸を押していた。

10分が経過、それでもまだ続く。救助にあたる関係者も、周囲を見回したり桟橋を歩き回ったりと落ち着かない様子が伝わる。あきらかに焦りが見える。

ギャラリーの一人が言った。

「10分以上続いている。これでも重篤な障害が残るんだ。早く目を覚ましてくれ」

20分、30分が過ぎる。時は止まってはくれない。いつものように流れゆく。

背後ではトップ選手の操る自転車が周回のために通過するとのアナウンスがあった。

多くのギャラリーは応援する家族、あるいは友人のため選手の走行する道路を囲み、お目当ての選手を待つ。

わずか数十分前、多くのギャラリーが熱い歓声を上げていた浜辺と、選手が競い合った海に人影はない。

ただ、眼前には生死をさまようアスリートを囲むように必死で蘇生を試みる関係者約20名の姿が映る。

様子を見守る人こそ僅かではあったが、皆アスリートの無事をひたすら祈る思いでいた。

最初に救助にあたった長身の選手は、その後もじっと心配そうに容態を見守っていた。ゼッケンナンバーをつけスエットスーツ姿のまま、本来の競技とは全く違う救護活動に精神を集中している様子が伝わる。

しばらくして、その選手のとった行動には驚かされた。

彼は救護班がわずかに心臓マッサージの手を止めて連絡のため腰を浮かした瞬間、周囲を制してアスリートの腹上に中腰姿勢となり胸に両手を当てて心臓マッサージを始めたのだ。

彼の施した時間は長くはなかった。それは要領が悪いとかの問題ではなく、おそらく専門救護チームとして数名がまだ待機していたからであろう。1分程度マッサージを施し、周囲と言葉を交わした後は再び立ったまま目を凝らして覗き込む少し前の姿に戻った。

しかし・・・彼はほんの僅かな時間でも必死の想いで蘇生を試みた。またあのタイミングは後から考えてみても尋常ではない。とっさにとる行動とは彼のこれまでの生き様において、ごく自然な行為にすぎないのかもしれない。しかし・・・平素から人の援助を念頭に考える行動を当たり前としなければ、まさに緊急事態にその行為に及ぶことはありえない。

溺れたアスリートを発見して、その後続けて救助に関わった選手の一人であることに間違えはないであろう。責任というより自然に目の前のアスリートを助けたい気持ちで胸が一杯になったのであろう。彼がした純粋な行為にただ、ただ頭が下がる想いであった。

その後の自分は、長身選手の持つ無限の力を信じてみたい気になる。

そして彼の行動にも注目した。しかし、40分経過しても経過に変化はなかった。

沖合いから2隻の高速艇が到着した。一隻は警察艇、もう一隻は救護艇であった。

救護艇から3人の救護士が桟橋に降りてアスリートのところに駆け寄る。そして同じ要領ではあるが救命マッサージを試みる。

「これで状況が変わるかもしれないぞ、頼んだぞ」

周囲の人とそんなことを語りつつ期待してみた。

しかし、それから10分程経過しただろうか・・・状況に変化がなかった。

その後、タンカーが運ばれアスリートは救護艇により病院に向う人となった。

その際、アスリートの体を真横から支えたのは救護士でも警察官でもなく、あの長身の選手であった。

救護艇が去った後、警察による事情聴取のため一部の関係者のみが桟橋に残った。少し離れたところでは長身の選手がすでに視界から消えていないはずの救護艇の去った方角に目をやり、立ち尽くしていた光景が目に焼きつく。

その後レース観戦に戻り、復帰第2戦の友人の晴れやかなゴール姿を見る事が出来た。

ゴール後は最高の笑顔を振りまいてくれた。彼にとって充実したレースであったことがとても喜ばしく思えた。また、これほどまで前向きでファイト溢れる友人を得たことに誇りを感じた。

「友人も死の淵から生還し、ここまで元気な姿になれたんだ。きっとあのアスリートも大丈夫に違いない。」

そう考えた後、不思議にその出来事が気にならずレース鑑賞を終えた。

しかし、翌日思いも寄らぬ人からアスリートの死の知らせを受ける。

この悲報のニュースであるが、自分には不思議なことに情報手段から耳にはいることはなかった。このニュースを避けていた訳ではあるまい。しかしことのほか多くの人が知っていたのだ。

さて、この出来事であるが最初は自分の中で封印すればよいと考えていた。

しかし、その会場に自分が居合わせたことを伝えるごとにこの悲報の話題となる。また、それぞれが過去の個々の体験によりこの出来事をとらえそれぞれの言葉で発することにつき、自分の見たありのままを語りたい気持ちにさせた。

つまり、いつの間にか次第に自分がその場に居合わせた事実にある種の責任を感じるようになっていた。

それゆえここに全てを書き留めた。

その日、アスリートはゴールを目指していた。私の友人と同じくテープを切る瞬間のため精神を研ぎ澄まし、日頃鍛えぬいた肉体をさらに追い込みつつ・・・

力を抜く事をまるで戒めるように、打ち寄せる波に力一杯向かっていた。まさに力を尽くし切っていた。

そしてその崇高なる精神はゴールした。

勇敢なる人生を讃える美しくもあり、また清き世界がそこにあろう。

海を愛し、人を愛し、スポーツを愛したアスリートに心よりご冥福を申し上げる。

肉体には限界があるかもしれない。しかし、精神に限界などあるはずはない。

仮にあるとすれば、拡大できる自らの世界を拒んでいるに過ぎない。

肉体が命じることより、時々刻々と変化し拡大する精神世界を重んじる。また生死を論ぜず、つねに生きる。生き抜く。

死が恐怖とするならば、封ずるにはその道しかあるまい。その場限りを大事にして、まばたきの瞬間すら意識を持ちしっかり生きる。

生きていても死んでいるような人がいる。

ならば、死んでも生きている人がいるのではないかとよく考える。

死を避ける事ができないのが我々人間である。あらためて考えるまでもない。人間はいつでも死と背中合わせに生きている。だからこそ意義がある。生きることにも死ぬことにも意義がある。

力を尽くしたアスリートと、その彼の生を支えるため献身的に働いた長身選手、かって死の恐怖と戦い、見事死の淵からよみがえり過酷なレースを征服した友人。

この3人のアスリートより、人間の尊厳と人生の与える意義があまりに深く重たいものであることを感じてやまない。

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生活習慣病

ここのところ連日、朝から体の疲れを感じる。

睡眠は充分、食欲も旺盛、顔色よし、気力もみなぎっているのにかかわらずである。

「疲れているぞ」情報が体のいたる箇所から大脳に向かい発信され、ひと時も絶えなく続く。

さて、この疲れであるが程度の軽い状態はここ10年続いてきた。

しかし、改善するどころか日増しに激しさは増す。

時には腕がしびれ、受話器を持つことさえ重く感じることもある。

笑うとお腹が痛む。絞りこむ事は出来るが、膨らます事が苦痛である。またお腹に力を入れると顔が引きつる事さえある。

背筋を伸ばし胸を張る動作をすると、胸から上腕部にかけ鈍い痛みが突き上げる。

背中の鎖骨をぐるり回すと、周辺の皮膚が四方に引きつる感覚も度々経験する。

さて、圧巻は昼食後に訪れる。

完全なる思考停止に陥るほど意識が朦朧とする。運転中であれば身の危険を感じることがしばしば・・・

また、昼間に軽作業をすると頭がクラクラしてうずくまる時もある。

これらは現代的言葉に置き換えれば、毎日の習慣が生活に影響を及ぼす、つまりは生活習慣病と呼ぶことに間違えなさそうだ。

さて、その自分の習慣であるが・・・

数ヶ月前より毎日早朝11キロのジョギングに1キロのダッシュを5本取り入れた。

今までとは距離も速度も格段違うインターバル走である。

ターゲットは自転車のスピード!

仮に並んだら最期、抜くまで一気に駆け続ける?!

神社の鳥居をゴールと決め、毎日のタイムに一喜一憂する。

ダッシュは決して力を抜かず、その日その場の持ちうる全てを出し尽くすべく、全速力で駆け抜ける。ゆえに繰り返すごとに遅くなるのが至極当然な事でもある。

そして帰宅後、間髪入れずの筋肉トレーニング!

過去には、継続してもせいぜいウルトラマラソン前の1ヶ月程度。必要とあれば最小限の努力としてきた。

今回はすでにそれ以上、朝の定番メニューとなり久しい。

つまり・・・このところのトレーニングは連日、レース前の追い込みに近い。

明らかに血が足りない・・・ならば、しばし動きを止めればよいだけだ。

眠気がする・・・一番よいタイミングで目をつぶれば無駄な時間なく直ぐ昇天(睡眠)できるというもの。(余談であるが寿命を全うすることもかくあるべし。。)

しかし・・・わずか10分の睡眠によりこれほどまで爽快な心地が訪れるものか!いつもこの快楽に酔いしびれる。だから10分の昼寝は欠かせない日課でもある。

仮に「いつも疲れている」と考える人がいるとする。

その場合、いつもの疲れを超越することによりはじめて疲れの本質を理解できると考える。

この課題に真剣に取り組むと、ある時これまでの自分は実際には疲れていなかったのではないかと自分に疑いを持ちかけたくなるであろう。

「疲れを知らぬ」とは、疲れを意識の上で制御できる状態に他ならぬ。(実際には全く疲れていない時より疲れているに決まっている!)

そのために連日とことん疲れる!これを習慣化すると、疲れていない自分が尋常ではなくなる。つまり・・駆り立てられるように連日疲れたくなる!!

また、「本当に疲れるとはこんな程度ではあるまい」など考え始める。

すると、「適度に疲れることは左程悪くはないな」などと感じるようになるから不思議である。疲れを容認する作業に徹底した証であろう。

「お疲れ様!」

人間同士が労をねぎらう時に用いる常套句である。「疲れ」という名詞に「様」をつけて敬うとは恐るべし!昔の人は本質をしっかりとらえ、魔物として対峙してきたものだなと感心する。

さて、この「お疲れ様!」であるが、この言葉を素直に受け入れる時は決まって自らの疲れを認識した上で作業(労働)にも満足し、発した相手への感謝の気持ちが自然と沸く幸せな瞬間といえよう。

疲れたと感じない体にするためなら、また「疲れ」とは何か自分に尋ねる日がなくなるまで「生活習慣病」という汚名も甘んじて受け入れようではないか。

その時、人間とは言葉や言質によりどれほど行動や思考を束縛し、またされているかもあわせ持ち知ることになるであろうか・・・

この9月27日は、国東半島を再び100キロ旅をして短かった夏の最後の思い出としたい。

その時「少しだけ疲れたがまだまだ」と心と体で感じることが出来れば、過去2度出場した時の自分を超えることができる。

しばらくこの病、収まりそうにない!

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友人と再会!(チーム編)

去る8月16日の日曜日、山形県米沢市でチーム会長と3ヶ月ぶりに再会する。

東北地方の梅雨明けは、結局発表のないまま秋を迎えるという。(気象庁がいつもの意固地な姿勢ではなく珍しく自然体?で臨むことに好感を持つ。)

8月第二週目まではぐずついた空模様と聞くが、そこは晴れ男健在!会長が精悍なまなざしで天空を見上げると、たちどころに鉛色の空から雲が消え青色の可視光線だけが視界を覆う。その日湿気が少なかったせいか、東北高原の空気は都会のそれと異なり一層澄みきって感じられた。

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米沢駅前で 。体系が妙に違う!

「久しぶり!おい、やせたんじゃない??」

「マーさんも元気そうで!」

時計は13時前、二人とも相当の飢餓状態にある。(いつものことであるが)

「米沢といえば米沢牛!」

電車を降りるとホームには等身大の牛の模型が旅人を待ち構える。地元名産の肉を潜在意識に埋め込もうとするPRであろうが、見ただけで肉料理を連想する人がいればやはり肉食獣科!本能の動きを何よりも重んじるタイプの人種であろう。

因みに山形新幹線に乗車すると、販売員が米沢牛めし弁当の予約受けつけに車内をまわる。ここら辺りから否応なしに肉食モードは盛り上がる!顕在意識との一致により、はじめて猛烈な衝動に駆られる。(余談ではあるが肉食系男は会長で、私は草食系もしくは魚食系。)

二人は駅前にあるステーキハウスを長身を折り、身をかがめて覗き込む。フォークとナイフがジューシーな霜降り肉に突き刺さるリアリティーあふれる見本が大脳を刺激し、と同時に唾液と胃酸を誘発する。

しかし・・・一人前3500円の表示を同時に読み取り互いに目礼した後、素直に先を急ぐ事にした。理性が衝動を抑えた瞬間でもあった?

米沢といえば・・・

ラーメン?そう、米沢ラーメンは今や全国的に有名ではないか!(ホッと息をつく)

ということで地元の人で繁盛している店を探す。店の決定において値段と量はいつでも重要なファクターである。この価値観において二人は相当近いところにある!

しかし昼間の炎天下・・・しかも人口のそれほど多くない米沢駅周辺を歩く人通りは少ない。

結局は赤いのれんが風に勢いよくなびき、それがなぜか手招きしているようにみえた店に入る。

見慣れないメニューの中からようやく注文したのは冷やしラーメン!

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とりあえずいつもの乾杯!

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冷やしラーメン定食850円也。味もよかった!

山形といえば、かっては日本一の最高気温を記録した地。極めて厳しい冬の寒さに耐え抜いてきた東北の人にも、夏の日差しは容赦な照りつける。そのためか・・・食事だけでも涼を取りたいと考え、ラーメンまで冷やすのはごく自然な試みといえよう。だけど、冷やし牛鍋はないかも??

3ヶ月ぶりとはいえ、突然の辞令により1600キロ離れた東北の地に単身赴任することとなった、チーム会長の事が気になっていた。また、他のメンバーの想いも同時に伝えた。しかし、食事の際の会長との会話は、それまで不安を払拭してくれるほど明るいものであった。

仕事は順調そのもので、東北の人は親切である。また、住居は現在のところ(夏ではあるが)快適で健康状態に不安はないとの報告であった。

食生活においてはマンションの目前に行列のできる喜多方ラーメン店があるが、一度も立ち寄ることなくもっぱら自炊をしているとのこと。食パンは一度に3枚を食べ、夜はお米2合を食べつくす。また、ジムに入会し、日課として相変わらず肉体改造に向け訓練しているそうだ。

さて、入会時にインストラクターより走力、筋力、泳力どれをとっても非の打ち所がないけど、一体どんなスポーツをしているのかと問われたとのこと。その質問はまんざらでもなさそうではあったが、どうやら彼の強靭な肉体と精神は、今後のジムの雰囲気をも変えようとしている。福島県にトライアスロン人口が増え、またマラソン熱が高まることは疑いの余地がなかった。

その後、天地人でごった返す上杉神社まで歩く。炎天下の2時間、距離にして12キロ程度は歩いたであろうか・・・楽しい時間を共有できた。

(実はランニングの予定をしお互いに着替えとシューズを持参していたが、乗り換えまでの時間が少ないことと温泉が確認できないため仕方なく僅かな距離を歩いた。)

自宅から40キロ離れた米沢まで会いに来てくれ有難う。また熱い夏をとても汗臭い兄貴と過ごせたことを嬉しく想います。自炊してお金をため、来年は是非ともアイアンマンレースに参加して完走して欲しい!

最後にトライアスロンに情熱を燃やすチーム会長は、これから少々の困難があろうときっと乗り越えることであろう。その証拠に、彼の視線はすでに人生のトランジションより次なる目標をしっかり見据え、すでに始動していたから・・・

チームの皆さんに残暑見舞いをかねて、ご報告まで。

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リバーマラソン参戦記 完

少し走りながら、カニは何故横歩きなのか考えてみた。

墓石のようなボディーを抱えて正面歩きでは、重心がとりにくいであろう。

そんな人間もいる? だけど横歩きは得意ではあるまい。

人類も初めてカニに遭遇した時、さぞ驚いたに違いない。捕まえようとすると予期せぬ動きをする。フェイントに唖然としたことであろう。

そもそも生命期間が短く、メディアもないのが動物の世界。生存競争を勝ち抜く知恵とは、まさにこの奇抜な発想。奇をてらった行動が身を助ける。

さて、レースを走るカニ人間の正体は不器用そのものである!曲がりくねった道でも無理矢理、真っ直ぐ走ることを身上としている?少しはカニにあやからねば・・・

話は本題に戻る。

コースは750M河口まで一気に下り、それから元のスタート位置まで昇る。

私のエントリーは3キロ。この往復コース×2往復である。

750M先までには関係者が数人、旗を持ち選手がコースから外れないよう見守る。

途中3箇所の深みがある。難関は河口の折り返し地点、この辺りの水深は60CMと膝上までどっぷりとつかることになる。この他にヘドロのような泥土によるぬかるみを100mと小石交じりの中州を合わせると、水と陸で半分づつという感じである。

最初から飛ばした。3キロなら息継ぎなしで走れるかもしれない?と始まる前は真面目に考えていた。しかし現実は・・・相当厳しかった。

泥土のぬかるみでは足をとられて全く走れない。川の中では足の動きが鈍る。いつもと様子がちがうことに、レース早々、違和感を覚えた。

それでも前半の折り返しまでは選手を抜く元気もあった。

「お-、巨大カニが追いかけてきたー」

「人間って結構早いじゃん。負けないぞ!」

そんなやりとりをしながら走っていた。

しかし、折り返しの深みから急に減速し始めた。

川の流れで足が思うように動かない。恐ろしいほどの抵抗である!本当のカニであればこのまま下流に流されてしまうことであろう。

足を高く上げてみると少し反応がよくなり始めた。しかし、リズムに乗るほどでもない。それ以降はずるずると順位をさげていく。

「疲れた~。こんなにきついレースとは思わなかった。しかし、足を上げハードルの要領で水を超えていけばスピードがでる!マラソンというより限りなく障害物レースに近い。為末選手はこのレースにより独自の走法を発見、世界を桧舞台とする礎を築いたとは過言ではあるまい?」

それでもコース員や沿道の「カニ-、頑張れ!!」の声援があり、その都度切れかけた緊張感を取り戻す。

手を振り声援に応えたり、指を2本立て上下交互に突き上げたりしているうちに最後の直線を迎えた。

レースではいつも余力を振り絞りゴールする習慣があるため(要するに目立ちたがり屋か?)その時も有終の美を飾るべく、仮装を忘れて真剣に川の逆流に向かい歩を進めた。

だが・・・もがけばもがくほど速度は上がらないものだ。また、ここはカニには負けるものかとランナーの走魂に火をつけてしまったのか、まるで狙い撃ちをされた獲物の如く、次々に近づき追い抜かれたのであった。ここに動物界の長たる人間の強さを垣間見た?何もそこまで小動物を叩き付けないで欲しい!と嘆きたくもなる!

ゴール後、地元のケーブルの取材を受けたあと、スポーツ飲料を流し込んで被り物を脱ぐと額から汗が噴き出してきた。足の疲労は太ももに集中していた事で、このレースの意味がようやく理解できた。このレースはやはり、短距離および中距離ランナーのフィールドであった。因みに上位入賞選手の大半は高校生の陸上部員であった。

しかし今回、初めて仮装をして走る良き経験が出来た。結構楽しむ事が出来たので、機会があれば再び被ってみたい!レース中に見せる厳しい般若のお面はそろそろ飽きた事だし・・・

その後いつもと違う充実した気持ちを感じながら中華料理屋に向かい、暑かった一日を振り返りながら思い出と共にカニチャーハンを腹におさめた。

                                                完

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リバーマラソン参戦記-1

日曜日は地元、八幡川で開催されたリバーマラソンに参加した。

このイベントは全国的に馴染みこそ薄いが、地元出身ハードラーの為末選手を世界の舞台に押し上げた?由緒ある大会でもある。

その彼であるが小学生の頃よりアスリートとしての頭角を現し、2学年上の生徒の中においても無敵を誇り、今なおその見事な走りっぷりは記憶する人に語り継がれている。その理由もこの大会の競技内容を聞けば窺い知る事が出来る。

さて、このリバーマラソンはその名のとおり八幡川という川に因んだレースであることは想像に容易い。地名そのものを冠につけることがマラソン大会には多いからである。しかし、この大会はよくある川沿いや土手を走るというわけではない。実際に川の中を走るレースである。

この八幡川は瀬戸内海に注ぐ川幅で最大約5Mの二級河川である。上流にはダムがあり、全コースは河口に位置し、海まであと1キロに迫るところまで走る。

実は今回のレースであるが、天候不順により開催が危ぶまれた時期もあった。

中国地方における7月の降雨は実に凄まじいものがあった。各地で痛ましい被害が相次いだ。この地区も連日の降雨により、水かさがかなり増えていたからである。

これも温暖化の影響であろう・・・今年も豪雨が何度かこの地区を襲った。そのたび住民は流域面積が少なく、高低差のある傾斜地を通過するこの河川に不安を覚え、氾濫の恐怖におびえた。(度々橋が倒壊している)

しかし数日前より雨も止み、水位も下がった事で無事に大会が開催された。

受付を済ませると走友のS氏、同級生のM氏がすでに待機していた。

二人とも早朝のトレーニングは平常どおり行ったとのこと。そういう自分も早朝トレーニングで10キロ走をこなしてからの参加となったが・・・振り返ると抑えるべきであったと反省しきりである。(ここに実力不足をあらわにしたとの意味がある!)

しばらくすると「走ろう会」のメンバーと合流。今日はリレーの部で彼等とたすきをつなぐこととなる。

この会であるが、主にショート駅伝に出場することが活動の基本。自分は新入会とはいえ、まだ仮入部のようなものである。大半がトラックの経験者。私はといえば、公道とジャリ道と林道しか走った経験がない。また、ショート駅伝の10キロ程度なら自分一人で・・・とつい考えてしまう長距離派。しかし私の夢の一つにある地元のハーフマラソン開催には是非ともお力を借りたいと考えている。

そのメンバー一人一人に自己紹介をかねて長話しをしていると、あっという間に出番になった。

さて、本日は待望の仮装をすることとなる。以前ハンズで購入したカニの被り物に顔ペンでメイク。ばっちり決まったところで橋の下の集合場所に向う。

その移動の間に大会主催者、新聞記者、子供10名、大人10名に声を掛けられた。

「本当にその格好で走るんですか??」「カニが歩いてる~」

ちなみに今回の大会は総勢で500名程度、子供が多いせいか仮装は私一人であった。

橋の下からいよいよ川の中に入る。晴れてはいたが靴から感じる水温は、とても8月はじめとは思えぬほど冷たい感じがした。水かさも最深部で約60cmと思ったより深かった。

(普段は河口のため水深約20cm程度である。)

選手一同が、川幅一杯をロープで仕切った狭いスタートラインの前に整列した。170名が参加するため、先等から10列は並んでいたであろうか、1.5キロと3キロの合同スタートである。

号砲が鳴り、カニも走り出す!?

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つぶやき②

いよいよ国会が解散した。

あと数日で候補者名、政党名およびガンバリマス!を連呼するだけの選挙カーが職場に自宅周辺にと、縦横無尽に駆け巡る。選挙カーのボリュームにルールがあると思うが、小鳥のさえずりがこだまする閑静な場所と、車の行き交う大都会では音声の受け留め方がまるで異なる。

私の住む田舎街でもあの音はいつも許容を超えている!騒音公害は環境問題の一部?お年寄りや乳幼児のいる家庭では健康障害すら心配だ。いずれにしろ、この音を考えただけでもしばらくは憂鬱な気分になる。

目下、エコ文化真っ盛り。排気ガスを撒き散らす選挙カーは少ないかもしれないが、はたしてすべて電気自動車になるだろうか?いや、選挙費用が決められてるはずだから、レンタカーの予算を最優先できまい。

それにしても、路上清掃車と見間違えるノロノロ運転で、時には葬儀の列のごとく複数台が連なる。これには関心しない。追い越して先を急いでくれか、あるいは支援を請いたいのか・・・候補者の紛らわしい手の動きに度々閉口した記憶がある!

さて、普通選挙がはじまり80年以上が経過している。この21世紀はテレビの普及率は限りなく100%に近い。またPCの発達により国内で8000万人近くがネットを覗ける環境にある。

ここで提案である。

車の走行距離と騒音公害にもなりかねない、単純な言葉の連呼数を競う旧態依然のやり方をそろそろ変えてみないか?

勿論、移動手段として車を利用することは構わない。その際に車に選挙公約や政党名、また自分の顔のポスターを飾る事まで誰も厭わない。

その変わり選挙期間を公示より30日間とする。

政治的空白が目立つが、この程度なら取り返しがつく。国家の一大事でシステムが機能するよう準備をすればよい。

加えて選挙活動を24時間とする!

この意味は若者以外にも80年前と比べ、明らかに生活スタイルに変化が見られる。

深夜でも候補者が有権者を前に政見を語りたいと考えるなら、若者や夜勤の人が集まる場所や集会所を抑えればよい。要するに規制を撤廃して限られた時間を自由に使えるようにする。

次に移動のための選挙カーであるが、生協が共同購入場所で組合員を呼び出す程度の音楽ならよい。

この選曲もやはり候補者が自由な裁量で決められる。ポップスよし、ジャズよし、演歌よし!思い違いも含め?おそらくは自分のイメージに近づけるであろう。

この曲に合わせ候補者は有権者に手を振るだけでよい。また、子供もすぐ覚えられる優しいメロディーを考え、候補者の名前を売り込む唄として考えても面白い。

そういえば、田舎町ですれ違う選挙カー同士が相手の候補者の健闘を讃える光景を思い出す。

スポーツなどではいかにも好感を持てるシーンであろうが、これまでさわやかさを微塵も感じられなかったのは、この陳腐な選挙のやり方に問題があった!一体、何が目的でスピーカーを使用して相手を讃えなくてはならないのか??

ボイスがないから新人は知名度向上につながらないと考える候補者がいるとすれば、そこは思考停止状態。固定概念より「選挙たるはこうでなくてはならない」ではなく、条件により過去は捨て去り変化に対応した独自の方法を各々が考案する。

いつ、どこの場所にいけばよいか、時間帯はいつが良いのか、移動手段は自転車、それとも走るか?

候補者のやる気とセンスがにじみでれば、スピーカーでうるさく叫ばなくても有権者は振り向くに決まっている!本当に政治がやりたければもっと以前から地道に活動をするべきである。

今日は、変化に順応する能力もこれからの政治家に必要ではないかと考えた。

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