えびすだいこく100キロマラソン2009参戦記-2

スタートと同時に、トビウオ漁でも有名な美保の港に別れを告げる。

10年程前にあれほど関心を持った魚釣り・・・この港に以前はマラソン以外の目的で訪れていたことが、今では不思議に思える。(釣竿がランニングシューズに、えさは魚用でなく自己消費に、また釣果がラップタイムに変わっただけ?)

福浦集落に続くまでの海岸線は朝から多くの釣り人が集まり、時には竿を曲げる場面にも遭遇できた。

えびすだいこくマラソンは、こうした太公望が羨む場所を海岸線沿いに、東から西にめぐるコースでもある。

スタート直後は肌寒さもあり全体のペースもすこぶる速かった。まるでフルマラソン??

少し上げ調子でなければ体が温まらないこともあってか・・・5キロのスプリットが25分。さすがにオーバーペース気味である。平坦な道ではそれほど負荷を感じなかったが、100キロを走り抜くスタミナを考えるとここは自重が必要!とばかり少しペースを落とす。

落とすと同時に後にいた女性3人に追い抜かれた。その走りは力強さのなかに弾力性を合わせ持つ、いかにも女性らしく無理のないフォームであった。やがてグングンと離されていった。

しかし・・・姿がすっかり視界から消えた後でさえ元気に語り合う関西弁が聴こえてくることが実に不思議でもあった。

「早い!だけどこんなペースで大丈夫だろうか?」

最近のフルマラソンレース参戦において、ようやく女性を見かけない位置で走れるようになった自分にとっては久しぶりの出来事。目を疑うと同時に、少々心配にもなった。

「だけど、大抵の女性ランナーは無理しない、また大崩れしないとの法則がある!」

やはりここは日本の文化健在!大和撫子よろしく、恥じらいを美学とする気持ちの働きのためであろう。かって女性ランナーの後について走る意義をベテランランナーから教わるたびに、こうした話を繰り返し聞かされたことを思い出す。

この「女性は大きく崩れない法則」であるが、多くの場合に当てはまる事をここまで見てきたことも事実である。

「女性は強いぞ、母はさらに強い!もっといえば関西弁の女性は何より強い?!」

個人的にわずかに苦手意識があることを認めるが・・・ここで改めて100キロマラソンに出場する勇猛な女性に関心する。

だけど、できる事なら周囲にごろごろいないで欲しい!とは、婚活中のチームメイトの談。(そんなこと言っているからまだ・・・・)

さて、10キロまでの山道を駆け抜けると見渡す限りが一面の海、日本海を再び臨む。

この頃よりようやく足と呼吸のリズムが合い始めた。この辺りまではランナー同士が多くを語り合うことをしない。それは、各々に速度と調子を五感で確認する作業が必要なためである。

しかし、一旦速度が決まると話し相手が欲しくなるのが当然の理。

3時間程度で走るフルマラソンならまだ我慢も出来る。(誰ともしゃべりはしない!)しかし、半日近くを要するウルトラマラソンにおいて、誰にも話しをしないなどもったいない!また考えられない!

皆が同じ趣味を持ち、当日はゴールを切る共通の目的で走る。加えて各自が少しだけ変態?を自負、または意識している。一期一会を愉しむ事もウルトラマラソンの醍醐味にある。100キロの長丁場では、抜きつ抜かれつを繰り返す。勿論、順位を意識しての事ではない。

「おや、トイレでしたか。」「やっと追いつきましたねえ-」ペースの近いもの同士が終止こんな調子で短い言葉の挨拶を繰り返す。

鳥取から来たランナーのTさんもそんな中の一人。自然にペースが合い、お互いのことを語り始める。

因みに私の場合は人から話しかけられるより、話しかけるほうが圧倒的に多い。

この人は間違えなく話しかけてくるタイプと思われるのであろうか??(要するにおしゃべりに見えるのか?摩訶不思議だ!)

このTさん。4年前よりウルトラマラソンやトレイルランにはまり、最近では単独練習において90キロを走破!「ランナーの屍は決して拾うな」など残酷レースとして名高いハセツネカップや、萩往還250キロなどなど一流の集うトップレースに多数参加し、また見事に完走を続けているとのことであった。また、圧巻は全身パンダのぬいぐるみでハーフマラソンにエントリー、脱水症の危機を乗り越え自己ベストから僅か25分遅れて完走したようだ。(参加者1名の被り物部門優勝と、被り物コースレコードという大会珍記録はいうまでもない)

標高1700メートル級の鳥取大山を庭とするスーパー・ドM級ランナーだ。

彼とは30キロ地点までなんと20キロ近く並んで走った。実に楽しく明るいランナーで、語り合いながら瞬く間に時は過ぎた。かなりの時間が経過した後のこと、彼が250キロ走りきった萩往還マラソンの後半、眠気の余り意識が薄れゆく中、横たわる道路の縁石がまるで女性の顔に見えて驚いた。それはあたかも幽霊が飛んでくるようにも見えたと話した時であった・・・私はその話に聞き覚えがあった!

「そういえば昨年、お会いしましたよね-」

彼も記憶に残るところがあったようで、併走後2時間経過した後に遅ればせながらお互いの再会を祝う?!

その後も走行中に熊と鉢合わせをした話など、面白おかしく聞いていたが30キロ近辺のエイドで彼を見失う。

「有難う、元気を頂いた!今日のところはもう合えないかもしれないが、またどこか残酷なレース会場に行けばきっと会えるだろう・・・」

しばらくしてチェリーロードのアップダウンに差し掛かる。マップに高低差は100メートルとあるが、感覚的にはもっと起伏があるように思えるのは恐らく小刻みに変わる高低変化の仕業であろう。

高い場所から見下ろす海岸線は絶景が続く。何度見ても見飽きる事はあるまい。

激しい波が崩した様子が一見でわかる岩が視界に広がると、ついつい足を海岸線一杯に寄せて走りたくもなる!また、寄り道したい衝動に駆られるのもこの辺りである。

「いつの日か、体力がついたらコースアウトしてみよう!」

こんな気持ちになるのは、ここがまだ30キロ程度の道のりにあるからに違いない。

30キロのスプリットは2時間44分。よし、予定通りだ!

大芦、御津の集落は応援が多い。消防隊の方々に加え、地元のお年寄りが精一杯の挨拶をしてくれる。沿道の応援にはいつも勇気づけられる。

「頑張れや~兄ちゃん、来年もおいで」

「ありがとう。おばあちゃんこそ来年も同じように元気に見にきてねえ!」

暖かい声援に手を振り返し、出来る限り精一杯の笑顔にて応える。

まだまだ余裕の折り返し前、50キロ地点。ここでのスプリットは4時間32分。

少しだけ足に疲労を感じ始めていた。

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えびすだいこくマラソン2009参戦記-1

5月31日は自身第三回目のエントリーとなる、えびすだいこく100キロマラソンに参加した。

大会前日の5月30日、走友のS氏と開催地近くにある本日の宿泊地、松江に向うバスに乗り込む。

二人でバスの最前列に陣取り、レース前の情報交換やら最近の練習状況を缶ビール片手に語り合う至福の時間。。。否が応でも盛り上がる!車窓から見える中国山脈の新緑は生き生きと茂り、この奥地でも訪れる長い冬から短い夏への季節の移り変わりを感じる。

景色を眺めるのはそこそこにバスのトイレ休憩ではついついビールの給水。

このペースでは夜まで続かぬと自制すれども・・・会話がはずむとのども渇く!

前置きはさておき、実はこの辺りからがレース突入のタイミングであることがウルトラマラソン!!この場はしっかりカロリーの高い水分を補給しなければなるまい。(昼間から酒を飲む言い訳か!)また、つまみ1つに気を使う。ひとまず熱量を蓄えておきたい!

この穏やかなひと時でさえ、大会当日の睡眠時間と飲酒量をしたたかに計算している。

(補足すると・・・レース1週間前から食べる物の種類をスケジュールに立てる。因みに左程好きでもないスパゲッティーを週の後半にかけて執拗に食べる念入りさに、家族や周囲一同が半ば呆れていた!)

夕刻ホテルの着き食事をビールと共に流し込むと、午後9時に待ち構えたように睡魔が訪れる。

(これも前日あえて1時間睡眠を減らした賜物だ!?自画自賛の演出に思わず笑みがこぼれる?)

そして朝の2時30分起床。

「ありがとう。今回もすっきり目覚めることができた!!」

手際よく着替え、前日コンビニにて用意した弁当を食べる。

朝から豪華?幕の内弁当を完食する元気に思わず安堵する。

夜明け前の3時30分、S氏とタクシーにて集合場所に向う。

車中、運転手さんが不思議そうに尋ねられる。

「先ほどもこちらでお客さんを降ろしたのですが一体今日は何か??」

「えびすだいこくマラソンです。」

「フルマラソンですか??」

「いえ、100キロほど走ります」

「・・・・・・・・・・・・・・」

車中における会話で、運動しないことをしきりに反省する運転手さんに運動の大切さを繰り返しアピールしたが、そこまで走ると健康に悪いのでは?と逆に心配されてしまった!

(この手の会話はついついランナーの自慢話しに聴こえてしまいがちであるけど・・・実のところその通りかもしれない。しかし伝えたいことは、健康は自分の努力で勝ち取るものということ。またお節介かもしれないが、誰もが病気にかからず健康を維持して欲しいとの願いでもある。)

集合会場よりバスで30分。運良く?補助椅子に座りしっかり揺られると再び睡魔が襲い、ここでも思わぬ睡眠を稼ぐことになる。ラッキー!

夢心地の中・・・スタート会場地点の美保神社に到着する。

そこは、かって漁獲水揚げ量日本一を誇った境港が対岸にみえる。

一年ぶりの光景に思わず懐かしさがこみ上げる。

「さあ、今日も楽しく、長く、特別な?一日が始まる」

夢見心地でゼッケンを着け、スタートラインに並ぶ。

お馴染み、唐傘お化けのコスチュームのランナーの背後には兵庫のNさんがいた!

他にも懐かしい面々もちらほら見える。

印象深いランナーと1年に一度会える!

これも同じ大会に毎年参加する目的の1つにある。

また、今回は青い目のうら若き外人女性までいた。

やはり人間の外観は、心象に大いに影響する!

美しさに見とれつつも、常識的でないレース参加につき余計な心配をしてしまう。

「何よりご自身の意思でスタートラインに並んでいる事を心より願う!?」

しかし多くの参加者は自らの変態(身)願望のため、こうした競技に参加することは疑いない事実であろう。

こうして早朝の5時30分。

号砲とともに私を含む287人(個人参加で団体は約700名)の変態願望を持つ輩が、100キロ先の出雲大社まで自らの足でたどり着く事を目標に走り始めた。

5月末としては珍しく肌寒いほどの朝、見上げた空はどんより厚い雲に覆われていた。

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仲間

電車を乗り継ぎ下関に向かう。

昨日はほんとうによく飲んだ。笑った。そして泣いた。

騒ぎすぎて隣席のご婦人よりお叱りを受けてしまう始末。

朝目覚めると早速、昨日の宴会の模様を映した画像がメールに届く。

仲間が思いっきり笑っている。

これほどまで幸せそうに笑えるものなんだ。

実に清清しくもある。

この素晴らしき仲間といる大切な時間。

一緒にいることで幸せを感じる同じ目的を持つ仲間。

空気にまで手を合わせたくなる気持ちになる。

出会いと別れ。

自分の気持ちを曝け出すことでそんな仲間達を

集めた男が、1400キロ離れた東北に旅立つ。

これまでどおり練習したり、飲んだりする機会は減るかもしれない。

しかし、貴方が築いた功績はあまりに大きい。

走ることへのほとばしるほどの情熱に皆が酔った。

ひたむきな生き方に賛同し心打たれた。

実直で素朴な人柄を慕う9人のメンバー一同が

貴殿の新天地での活躍を期待して熱いエールを贈る。

「会長、頑張れ!」

志を持つ人間を仲間とし、異郷の地でも元気に活躍することを期待する。

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違反はどっち?しかし裁くは人也。

「そこの車、右側に寄せ停車しなさい!」

後にいるパトカーからのようである。

耳に突き刺さるけたたましいサイレンの後に

無機質かつ高圧的口調がスピーカーから流れる。

和やかな風景を瞬く間に冷たい空気に制す。

ドライバーでなくとも、日常的とは言い難いこの露骨な命令口調に

周囲は心を凍てつかす。

「私か?」

まずはその気持ちになる。そのほうが楽、辺りを見回すよりまず観念する。

考えることより先に心の動揺を見せてはならぬとばかりに

最低限の自己保全を最大の優先事とする。

「例え捕らわれても私ならなんとかなる!」

なにせ違反歴20回以上、免停歴有りのキャリアが物を言う?

しかしこの日は私でなく、すぐ後方の車が停められた。

「至極、気の毒である。」

しかし、私ではなかったことに安堵する。

(ここは正直な話しだ。)

その後、何もなかったように平常時の運転に戻る。

事故なら別であるが、先の出来事などは完全に他人事と化す。

しばらく経つと忘却の彼方に消えてゆくことが普段であろう。

何故なら毎日、しつこいほどの違反現場とパトカーの追跡を路上で見かけるからである。

さて、話しを元に戻す。

路地を曲がり直ぐの所に予定していた訪問先があり停車する。

少し経つと私の車の後にパトカーと違反により停車を命じられた先刻の車が停まる。

パトカーより若い2人の警察官が降りてきて、違反したドライバーに駆け寄る。

「進入禁止違反か?スピードではあるまい・・・」

その現場を後にして訪問先に入り1分程で用事を終えて車に戻る。

すると、警察官に体を張って精一杯の抗議をしている小柄な中年男に再び目が留まる。

商用型バンに乗り、身なりも清潔である。一見で営業マンらしく思えた。

「だから・・・何回も言っているじゃないですか、電話なんかしていないですよ。」

体格の良い2人の警察官はこの小柄な男を仁王立ちで囲む。居丈高な態度である。

「それでは携帯の着信履歴を見せてもらっていいですか?」

「どうぞ見て下さい」

男は携帯電話を無造作に渡す。

「こうやって見るのです」

憮然とした表情であるが、しっかり事態を受け止めた堂々とした態度である。

(何も事情を知らなければ、警察の捜査に協力する善良なる市民か?と勘違いしたくなる。)

「ほら、○○からの電話が1時間前、私の最後の発信は30分前、これでわかったでしょ」

携帯電話を操作し、身振り手振りを交えつつ無実を叫ぶ男に対し警察官の一人が発した言葉に驚く。

「バッグの中を拝見させてください」

バッグに別の携帯電話を隠し持っているかもしれないとの推理か・・・

一体どこまで疑えばよい?

ここまで堂々とした男の態度に、2人の警察官は清々しさすら感じないらしい。

「重大犯罪でもないのに、まさかバッグの中身まで調べることはすまい。また、この男は応じないのではないか。」

私はそう考えた。

だが・・・事実は異なる方向へ進む。

「どうぞ見てやって下さい」

少し考えた後、男は厳しい視線を2人に送りつつ吐き捨てた。

それからの警察官であるが、最初は遠慮がちに次第に執拗に男のバッグに手を入れかき回していた。

目を疑いたくなる光景であった。また、端から見てその行為そのものが不潔で挙動不審に思えた。

別の携帯電話が見つからないことに焦り始めたのか・・・

その態度を読み取り、その後男が見せた態度は圧巻であった。

車のシート目掛けてエイヤと言わんばかりの勢いでバッグをひっくり返したのである。

何もそこまでして潔白を証明しなくとも・・・しかし、男の態度は真剣そのものであった。

この後、しばらくして警察官は何かを男に告げてその場所を離れる素振りを見せた。

男は無表情に警察官を見やりながらつぶやく。

「分かってくれればいいのです。」

時間の無駄をさぞや取り戻したいだろう。また、とてつもなく不愉快な気持ちでいるだろう。

男が実に気の毒に思えた。

またほんの数分前、この出来事を記憶から抹消しようとしていた自分を責めたい気分になる。

2人の警察官はお互いの顔を見合わせて暫くさえない表情を作った後、

車に散らかしたバッグの中の荷物をしまう男の背中に向け警察官が投げかけた言葉が耳から離れない。

「悪く思わないでください。車を停めることが我々の仕事なんで・・・」

「???」

緊急の際、瞬時に現場における行政の執行人として、また法を守る番人として

治安を守り続ける警察官。

時には命も省みず正義のために力を尽くす尊い仕事である。

その絶対的な権威は、民には常に、公正な判断を求められる立場にある。

危険回避のため交通ルールを遵守させる指導は必要であろう。

そのためルール違反した人を罰することも再発が多発するのであれば止む終えないであろう。

(自分も過去に散々お灸をすえられたことで、近頃ようやく大人しい運転をするようになった。)

だけど彼らも人の子、判断を誤ることがある。

犯人逮捕の権限や権威は言い換えると犯罪者、違反者として

簡単にレッテルを貼ることが出来る仕事ともいえよう。

いわゆる犯罪印(マーク)の総発売元である。

しかし権威を手にする彼らが万が一、無実な人間を追い込むことがあれば思わぬ悲劇につながる。

権力を行使する際に一瞬の判断が必要な場合もあろう。

こうした自信がなければ犯罪者を見逃してしまう。

また見逃せば更なる惨事を招きかねない。

しかし誤りがある場合・・・

その時に限り同じ市民の立場として考えて欲しい。

これから裁判に一般人が立ち会い審判する制度が始まる。

個人的にいえば先進国でアメリカと日本に限られる死刑制度をまず廃止してほしい。

それから後に一般人を審判に招致すればよいと考える。

裁く立場側に長くいると法制度の疲弊を感じることもあろう。

1つとして同じ犯罪はない。しかし過去のものと全く適応しない類の犯罪ではその都度、裁く側は与える罰則に困惑しなくてはなるまい。

だからといって国民をランダムに・・いやランダムだから良い!

この制度は審判する側と、私をはじめとするいつ審判されるかもしれない側の垣根を低くする意味で

賛成している。もともとはとてつもなく大きな壁が存在した。

勿論被告にならない限り?出席して意見を言いたい!

さて、今回私が目撃した国家権力の誤発動であるが、勿論そう滅多にあることではないだろう。

しかし、現実に目の当たりにすることになった。

こうした誤った判断を冷静に分析し、いかなる時も憲法の下で人権を擁護する訓練を国民としてつむ必要性を感じる。

それがもうすぐ始まる裁判員制度に意味を与えることになることと願う。

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5月10日雑記

「にごり無き、心の水に棲む月は

波に砕けて光となる。」

座禅会で和尚が披露してくれる唄である。

この詩が心に染みる。

灯りを消し薄暗い中、閑静なお寺で耳一杯に聴こえる音は和尚の唄ばかり也。

言葉の1つ1つの意味を味わいながら、アカペラの美声に聞き入る。

唄をもてなす寺は多くないのではないか・・・とは和尚の弁。

座禅に加えて唄まで聴ける自分は果報者。至福の時間に思わず合掌。

この心づくしのもてなしを聞く人は、私をいれて多い日で3人。

冬はだだっ広いお堂を暖めるため早くからストーブに火を入れ待ち構えてくれる。

参禅者が僅か1人や2人の時は、何故か気の毒で仕方なくなる。

また夏は扉を全部開放するので、我々が蚊に刺されぬように蚊取り線香の位置に腐心してくださる。

この座禅会が今日で700回を数えたと和尚が嬉しそうに教える。

700回といえば約15年間も続けてきたということらしい。

「去る者追わず、くる者拒まず」

これが和尚の座禅会に対する考え方である。

1つのことを愚直に繰り返す。その行為そのものが道に至るのであろうか・・・

プロ野球でカープが話題になると止まらない。また、ワンゲル部にいた学生時代の思い出話などは、まるで私達、俗人のそれと変わりない全くの現代っ子である。

スポーツマンでもあり笑顔が優しく親しみが持てる。また、余計なことだが一人身のため菩薩様のような方がいれば紹介してみたい。

「あらためまして700回、おめでとうございます。」と申し上げたい。

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横断歩道の意味。

自宅前の道路は、産業道路に繋がる工事が完了した昨年より交通量が激増した。

港が至近のため、日中は埋立て地に盛土を運ぶ大型ダンプの往来が激しい。

ダンプは道路幅の限界まで遮り、けたたましく噴煙をあげ激しく行き交う。

まるで往年の成長過程にある日本を偲ばせる。

さて、この道路であるが元々が住宅地のため信号機の設置がない。

しかも2キロ以上直線が続くため、交通量の減る夜間はマフラーを改造した車や救急車の音が闇夜を裂き空中に轟く。

少し前の静寂を想うと、往来が続く家の前の道路と車を恨めしく見つめる時が多くなった。

あらかじめ想定こそしたものの、ここまで交通量が増加するなど考えにも及ばなかった。

道路を隔てた数メートル先に渡ることすら苦労がいる。断続的に車が続く中、皆は信号待ちの一瞬の間隙を諮り、勢いで横断するのである。

いつ頃からだろうか・・・横断歩道は歩行者の安心して渡る道ではなくなった。

その場に立ち止まれど車は減速こそすれ停車することが珍しくなった。

そのせいか、最近の歩行者は横断歩道を「ないよりまし」な歩行エリアと位置づける?体験から学習した自衛本能であろうが納得しているわけではない。

さて、ますます本来の使途で活用されなくなった自宅近くの横断歩道でのエピソードである。

ある時、家の前でお年寄りから「交番はどこですか?」と尋ねられた。

一見ではあるが、気品と知性が自然ににじみ出る立派な紳士に見受けた。

交番の場所を教えた後、老人は語る。

「この横断歩道で向かいに渡ろうとしたが車は停車する気配もなく、また手を挙げても応えてくれなかった。ここは大変に危険な場所であることを交番に行き報告したい。」

丁寧で落ち着いた言葉遣いであったが、運転マナーに対する厳格な憤りを感じた。

「これで抗議は3度目です。道路向かいに友人が住んでいるのでこの道をよく横切ります。しかし、横断歩道に差し掛かると我々年寄りだけでは苦痛です。なにしろ通行させてくれない。以前にどうしても車が停車しなかった時、手を真横に伸ばし体を張って横断したことがあります。こんな道路に白線を塗ること自体、税金の無駄遣いではないでしょうか。こんなに酷い仕打ちはない。横断歩道で歩行者が怖くて渡れないなど昔は考えられない話です。こんな横断歩道なら即刻封鎖すべきです。そして今度は信号機をつけた横断歩道になるよう交番に再度、嘆願したい」と続ける。

「信号機の設置なら警察ではなく市役所の管轄ではないですか」と聴くと

「先に市役所を尋ねるとそこで信号機の設置は警察と知り、その時も最寄りの交番に掛け合いました」とのことであった。

お年寄りもつい最近まで、車を運転するドライバーであったとか。これほどマナーが乱れたのはごく最近ではないかとも語っていた。それからしばらくお年寄りとその友人は高校の教員仲間であるなど語ってくれた。

最後にお年寄りが残した言葉が胸に突き刺さる。

「自分さえよければ良いという日本人が近頃は急激に増えた気がします。不正が横行し正義が影を潜め、また人が人を大切に扱う社会でなくなったからでしょう。この国は本当に魅力に乏しくなりました。」

罰金などの厳しい規制がないからか・・・横断歩道を渡る人が例えお年寄りや幼い子供であろうが容赦ない。皆やっていることだから自分も許されると考える。

ドライバーは車から降りれば直ぐに歩行者となる。それゆえ車のドライバー感覚を知ることで、歩行時は危険を察知し自らを守る。しかし、車を普段から運転しない人はいかにも無防備である。彼らはドライバーの悪癖やいじわるの多くを理解しない。

これは悲劇に通じる理由の一つかもしれない。早朝の歩行時にお年寄りが事故に巻き込まれるなどまさに思い当たるところではないだろうか・・

さてこの横断歩道は通学路でもあり、学校からも度々危険箇所との指摘があった。

さらに詳しく話すとこの歩道以外も危険な数箇所があり、それぞれに朝の登校時は父兄会が当番を決めて、旗を持ち児童の横断を助ける。

また、父兄と学校は声を合わせて警察に信号設置を申し入れているようだ。

だが、警察からは予算がないのでしばらくは設置できないとの返答が続いている。

何かが起きてからでは遅いというのに・・・

行政側の対応には首を傾げたくなることが多い。

都会の横断歩道は信号機とセットが多い。しかし、新しい道路ができたり急に交通量が増えた場合は順番待ちになる。

一体どれ程待てば順番になるのか警察の説明が欲しいところだ。

では、法律や行政の力で補えない部分は一体どうすればよいか?

地域の大人の知恵と行動力により補う以外に方法はないと思う。

児童の下校を見守る、緑色のジャンバーを着たボランティアの方々には本当に頭が下がる。

このボランティアの方々に負担を掛ける,掛けないはドライバーのマナー次第である。

横断歩道で停止する僅かの時間を惜しむほど忙しい様子には見えない。

また、我先にと急いでも結果はたかがしれている。むしろ気持ち良く横断を助けるほうが運転していても爽やかな気持ちになれるのではないか・・・

要はついこの前までの自分に戻ればよい。最近のドライバーを敢えて見習う必要はないのだから。

正しいと想ったことを素直に実行出来る人を大人と呼ぶ。

今回のお年寄りの件より、自分の運転も大いに反省するところが有ると考えさせられた。

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連休と初めてのETC割引

一般的にゴールデンウイークと称される期間が昨日で終わった。

昨日といえば週半ばの水曜日にあたるが、ウイークの終わりとすることに何ら抵抗を感じない。

連休中は帰省のほか、各地の行楽地で賑わいをみせたと報じる。

この期間は突然の新型インフルエンザ感染の広がりに世界は緊張したが、あらかじめ海外旅行を予定していた人に影響はなかった様である。

このゴールデンウイーク、世界の金融マーケットは通常どおり営業していることを新聞で確認すると日本の国民的行事であることをあらためて知ることとなる。

さて、今回の休日で異常ともいえる道路の渋滞など話題を独占した?ETC割引について考えてみた。

その前に日本における高速道路の有料制度は世界でも稀であると知る。その理由は地価と地形にあるようだ。

日本の国土は約70%が山林、欧州の10%、アメリカの50%と比べいかにも平地が少なく、そのためトンネル工事や橋梁工事が多く高速道路を設置する建設コストが高い。加えてもともと少ない平野部は人口密集地帯により取得に必要な地価が高い。

だからといって天文学的な赤字を財政が抱えて良いとは国民の誰一人考えていない。

また、あの膨大な借金は今後、一体どうなる?などを考えれば、国民ならずとも官僚および政治家は心配しないではいられない気がする!

一般の会社であれば、多額の借金を抱えて夜も安らかに眠れないところであろうか・・・

ところで道路法人を評論家や作家が糾弾していたことは記憶に新しい。

加えて巨大政党の党首とゼネコンの癒着が発覚し未だ真相は霧の中にある。

これらの背景とは別に「大規模な財政政策は楽観的な広がりを見せる」とする米の心理経済学者を支持したかどうか・・・今回のETC割引制度が実施された。

IMFの試算した我が国の今年度の経済成長率はマイナス6.4%と先進国中最も悪い。内需を活性化する適正なる財投の分配に異論はないところである。

そこで登場した今回のETC割引は不況対策の財政出動における目玉商品でもある!

将来的にみて大きな財源を必要とするからにはその効果においては即効性と持続性を併せ持つ必要がある!!

生活防衛に走る国民が一斉にレジャーに向うかどうか甚だ疑問が残るが・・・この制度の効果は今回の連休においては存分に発揮されたようだ。

「人間は思考こそすれ行動こそ論理を象徴するものである。それゆえ誤った行動は慎み、また必要としないものは購入することはありえない。」

今回の政策はこの理性に尊厳を与える考え方に対して、社会的動物たる集団的真理を逆手に取ったやり口とみえる。

滑り出しこそは、あのETCバーの見事に開放した瞬間のように?好調の様相である。

しかし、景気が失速する手前あたりで発動出来なかったことが悔やまれる。

備えがないからそれを不況と呼ぶ!

だが、友好国のためには例え改憲してでも予算を捻出する法案を迅速かつ強引!に通過させる今の為政者は果たして国民に視線が向いているかどうか・・・大いに疑問が残るところである。

いずれにしてもこのETC制度割引を利用することとなるが、この期間中に小旅行に出かけた。

行き先は我住む街、広島から300キロ先にある高知県を選択する。愛すべき竜馬を訪ねての旅でもある。

道中に見かけた車に遠方から着いた車が多いことに驚嘆した。

東京をはじめ東北から鹿児島まで実に広範囲に、また、突出する地域もなく均等に並ぶ駐車場のナンバーを確認すると自分は一体何処に居るのであろうかとの不思議な気持ちに包まれる。

また、この割引制度が今回は実にインパクトがあったことを知ることとなる。

これまでは近県に出かけていた人が一気に遠距離まで足を伸ばしたことが顕著であった。好奇心を呼び起こし日本中を旅することで観光を資源とする地域が潤う。何かいいこと尽くめであるようだが、手放しで喜べない理由も少なくはない。

先の財源不足などが加速化し、この割引を将来の増税による景気浮揚の足かせにならぬかなど懸念してみた。

また道路行政にまつわる不明瞭な赤字が闇に消えていくことにならぬか懸念もある。

この制度は観光サービス業にこそメリットはあるが、高速道路のヘビーユーザーたる運輸業においては限定的である。そのため休み明けの荷物の到着が遅れるなど、関係者において被害の声が次第に広がりつつある。

加えて突然の制度の施行における端末機器を持たない人々の不公平感!

また、環境対策半ばにしてエネルギー効率の悪い車を駆って炭酸ガスを吐き散らす自然に対する仕打ちなどなど・・・環境面の問題も憂慮する。

また、クリーンエネルギーを誇る公共機関への影響は軽微とはいえないようだ。こちらは今後の進退すら心配でもある。

しかし、この制度自体は約20年前より大前研一氏などが景気刺激策として有効ではないかと語っていた。

また、浮上してきては財政問題などにより足並みが揃わなかったテーマでもあった。

いずれにしてもこの機会を利用して、山を分断し緑を伐採して作った普段はそれほど活用されていない道路を国民が大いに利用することになるであろう。

その際に立ったまま枯れ果てた木や、しばらく放置された倒木などを目にすることにより自然の発する警鐘を目の当たりにすることが出来る。その記憶こそが日本人の行動を大胆に変える事を今回のETC割引制度の副次的効果として期待する。

また市民ランナーの一人として考えることは月に一度、高速道路を車のない一日として使用させて欲しい!

ランナーが、歩行者が自由に散策できるようにする!

勿論、「走るプライバシー」と揶揄されるカードの保持はこの際必要としないこととする。

こうすれば一日分の排出ガス抑制につながり、割引時の増車分だけ相殺ができるのではないだろうか・・・

くどい様ではあるが今回のETC割引が初期の試算とおりであったか、また波及効果はどれ程であるかなどの数値公開が待たれる。良い政策と感じられぬ不公平感のある人のためにも是非、公開を急がれたい。

旅行中、駐車場で忙しそうに駆け回る女性スタッフに「儲かりますね~」とつい余計な言葉をかけたがその女性から「麻生さんのおかげです~」との言葉が返ってきたことに驚きを隠せなかった。

かくして世論は風のように移り変わり、人は入退場を繰り返す。責任をすべて次世代に生きる人に託して・・・いや、やはりこれではいけない。

最後に、高知の人はとにかく明るかった!この南国の県民性が究極のアウトレット、坂本竜馬を輩出したと土地柄であることを感じつつ、渋滞続きの旅を思い返した。

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豚インフルエンザの報道下で・・・

先日から被害の拡大とともに報道が激化したメキシコ発、豚インフルエンザである。

文明の利器より渡り鳥化?した人間が病原菌を伝播、先進国にも広がりを見せたことで大きな騒動に発展している。

先のニュースによると、我が国の厚生大臣は「この病原菌の拡大を防御するために人と金を惜しまず立ち向かう」とあった。

経済危機後のG20の共同声明でも聞いている心地がしたのはこの私だけであろうか・・・

さて、先進国ほどの医療設備がなく、感染病にも無防備なメキシコ人の間に犠牲が拡大していることに心が痛む。

「地球上で暮らす生き物は等しく生きる権利を持つ。また後の世代にも安心して暮らせる地球にすることが必要。

そのため壊れかけた地球環境を取り戻そう。」

(人類が望む地球にしようとするエゴも透けるが・・・エコはエゴともいえる)

環境をすさまじい勢いで破壊し続けた先進国の輩もようやく反省した。

また順調に見えた経済成長に急速にブレーキがかかると、今度は各々が目標を定めた環境維持に全力を挙げて努めるとのこと。ひとまずのコンセンサスを得たところは記憶に新しい。

しかし環境問題にも関わるが、人類が抱えるもっとも厳しい現実が食糧問題である。

世界には、生きることに最低限必要な1600キロカロリーすら摂取出来ず飢えに苦しむ多くの人々がいる。

またこのたびの世界同時不況により、こうした人々の食糧事情がさらに悪化、先進国の緊急かつ強力な支援なくしては

餓死者の増加は免れない事態にあると聴く。

1日を1ドル以下で生活する困窮者が世界には10億人、これをボトムビリオンと呼ぶらしい。

当事者ではない先進国の人が、優位な自らと区別(差別)するため名付け親になったことに間違えはないだろう。

この「ボトムビリオン」日本語訳で「底辺の10億人」

呼ぶ方も呼ばれる方も、お互いが正気であれば吐き気を催すほど残酷な呼称である。

ただ相手が気づかないから使用が許される差別用語を何気なしに使う例は日常にも多く、言葉を増殖させ使い捨てるマスコミ由来とはいえ、平素から使い方に気をつけたいところである。

これら危機に瀕する人々は産業革命以降の世界の繁栄から取り残された人々、そのうち年間で1500万人、一日に換算すると4万人が餓死しているのが世界の現実だ。まさに戦慄とともに驚嘆すべき数字ではないか・・・

地域で見るとアフリカなど後進国の一部に集中して久しいが、元々報道が少ないからつい見過ごす。また、日々に提供される新鮮な報道により過去の記憶が薄れてしまう。こうしたことは情報を受け入れる側にありがちなところである。

しかし身に降りかかる火の粉だけ払えばよいものではない。豚インフルエンザの報道の中でも餓死の危機に瀕する多くの人が食べ物と薬を求めている事は容易に想像できる。

今朝の新聞によるとインフルエンザによる不幸な死者が150人を超えた、と大きく報道があった。

しかし、WHOにおける豚インフルエンザの危険レベル判定のように数値化できないのが餓死であろう。

環境、経済や食料事情が原因で伝染している病にも思える。

その世界の餓死者4万人を増やさないための支援策は、マスコミからも為政者からも大きくは聞こえてこない。

現在の先進国は自国の繁栄のためだけに、同じ人類がたとえ餓死しようが構わないという野蛮なやり口で不幸な過去を歴史に刻んだ。

この重大な責任を忘れてはならない。

また、繁栄から取り残された国家と人々を、例え形式において開放したからとはいえ、その後のことは関知しないではすまされない。

さらに複雑になった理由だけを大きく伝えたい気持ちはあるだろうが・・・否、ここはとにかく緊急の人道支援である。 

(今回のブログは豚インフルエンザ対策を否定するものではない。)

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第五回くすのきマラソン参戦記

自己ベスト。自分史の中で最も優れた記録。

世界記録といえども、ある人が更新した自己ベストがその瞬間において人類の頂点に立つこととなったとの偶然。

自己ベストと呼ぶ記録に特別な意味を持たせるとすれば自己と格闘した過去を振り返り称える時にあるが、現役かつ伸び盛り?を自称する自分としては、ここはあくまでも通過点として捉えたい。それゆえ自己ベストの名称を今は過去ベストと呼びたい。勿論、すべてはレース後24時間が経過した後のことであるが・・・

若い頃にある種の競技に打ち込んだトップアスリートの面々が、同じフィールドで再び記録に挑むほど難しいことはない。仮にモチベーションが向上していても年齢、ブランクや技術をとりまく環境の変化より、かっての自己記録を超えることは至難ともいえよう。

だが稀に不屈の精神力によりハンディを乗り越えれるアスリートがいる。まさに鉄人と呼び最大級の賛辞を贈りたい。

現在の自分が若い頃の自分と同じ競技で闘うことを思えば、少々加齢した肉体であろうと異なる競技にシフトすることは気分もリラックスができ、またなにより新鮮でもある。

自分が選択した競技はマラソン。「よかった!かってのエリートランナーでなく。」と考えると同時に加齢しながらも記録が出ることに少々の罪悪感を感じる。走る以前の生活、つまりランナーでない時代が長かったことに心が痛む。

もっと早く走る喜びに気がついていれば・・・

後悔ではなく純粋に現在を肯定する気持ちである!それほど単純な動作を飽くなく続けられ、また自己を度々発見できる競技を知らない。

さて、前置きが長くなったが先週行なわれた第五回くすのきマラソンでは自己ベストを更新することができた。そのレースを振り返る。

当日の天気は快晴。しかも風もなく、気温は5℃。その後13℃まで上昇するがマラソンとしては絶好のコンディション。好成績への期待感が膨らむ。

会場にはチームのメンバーが4名。このうちトライアスリートの会長は足の故障により自慢の自転車で応援。チームのエントリーは私を含めて3人、うちH氏は重大な故障を押しての出場である。

他人の痛みを分かち合えぬはもどかしさ。レースに出るも地獄、残るも地獄。この選択を当日会場入りして決めるとなると、まずは出場が自然な運びとなる。そういう自分も首を痛めた昨年、この選択を当日の成り行きに任せたことで症状が悪化、1ヶ月の安静療養を強いられた苦い経験を持つ。愛すべきキャラクターのH氏に掛ける言葉をあらかじめ用意はしていたが本人の顔を見ると強くは言えない。そこは前回のブログにも書いた自己責任のルール。「いざという時は回収車に乗ります!」という言葉を信じて一緒に出場ということで決着する。

そのH氏、その後レースを楽しみつつなんと完走してしまう。やはり故障の原因をつくるも回復を知るも本人次第!今後チームの同僚には余程の心の動揺が無い限り平常心を尋ねるだけに留めようと考える。

この他に知人で70歳の熟年ランナーがいた。もと航空自衛隊のご出身でかってのエリートランナー。現在もその走りにいささかの衰えも見せず、出走する大会では常に年代別で入賞を重ねる。

「今回は70歳代の部で優勝を狙うぞ!」との意気込みをレース前に聞くことで大先輩より元気を分けてもらう。(結果は2位、お見事!)

出走後10キロまでは遠足気分。時折チームの会長が自慢の高速自転車で横を通り過ぎては立ち止まり、自分やチームのメンバーの走る姿をカメラに納めてくれる。まるで小出監督よろしく、タイムとフォームをチェックし貴重なアドバイスを冗談とともに頂く。仲間といる連帯感のため疲れを感じず楽しく走れたおかげで10キロ通過タイムはサブスリーが可能なタイム。勿論、この時点では考えにくく体に調子を尋ねた。

「チームのTさんの指導どうりの練習はこなしたから万事上手くいく。だけど過信は禁物。」

レース中は競技に全神経を集中させるから余計なことを考えにくい。レース直後より頭脳はマラソンモードに切り替わる。より早く完走するプログラム遂行のため一切の無駄を省く思考を執るようになる。また頭と体の各部分は目的達成のため連携を組む。

足音や風を切る音を耳で聴くことよりスピードを確認する。目に映る風景は開始直後の広角な視界より次第に狭くなる変化を読み取る。これは脳の疲労度のチェックにあたる。

こうして感性を研ぎ澄ませることにより時々の調子を体に尋ね、五感すべてを活用することにより長丁場を乗り切る。

20キロ過ぎてからいつものペースに戻す。少し落としたのは後半の落ち込みを予測する反応が僅かに現れたためだ。ギアを落とすことでエネルギーの消耗は減る。しばらく後続ランナー数人に抜かれることになるがその作戦に迷いはなかった。

「今回のテーマは後半に失速しないこと。粘ばり強く35キロ地点までいけば天国にたどりつく」 折り返しのスプリットは93分程度。

丁度20キロ過ぎたあたりか・・・我会長のバイク姿を見かけなくなった。気になったが確認する術がない。後でパンクをし立ち往生した事を聞き気の毒で仕方なかった。(たくさんの写真を頂き有難うございました。また故障が癒えたら必ずご一緒に走りましょうね!)

33キロまではアップダウンの続くコースである。しかし、体調の良い時に限ると出走した経験が心強く感じられる。コースを学習することが強みとなる。(その逆もある!)後半にさしかかれどペースは一向に落ちる気配はなかった。

足音のリズムは快調そのもの。ウオークマンをつけてレースに出走することはないが、レース後半あたりよりいつも頭の中に曲が流れ出す。今回のテーマ曲は何故かルーキーズで流れた「奇跡」。このリズムに乗るには時速13キロ以上が必要か!?

頭の中の曲に合わせてピッチを刻むが、さすがにあと5キロまでくると足どりが少し重くなる。そこに大会ゲストランナーであるセカンドウインドの吉田香織さんが登場した。どうやらレースも終盤にさしかかり、彼女は調整の意味でペースを上げてきたのであろう。

後から私の背中をポンとたたき「あと5キロ、頑張って!」と励ましの言葉を頂く。明るい笑顔に慈悲深い観音菩薩を重ねてみたが逃げ足が異常に素早い。韋駄天様か?これもやはり人間離れ?

「よっし。この際現れた菩薩様に願をかけてみよう!」 したたかな走魂が自らに指令を下した。走る彼女まで少し追いつきお願いを乞う。

「どうしても10分を切りたいので吉田さん、連れていってください」

そこは大会のオフィシャルゲスト!吉田さんから快諾を得ることとなる。

「大丈夫、まだ充分あるから!」と私の横に並びしばらく併走してくれた。

そこでフォームの乱れを尋ねると「悪くない」との回答を得て安心する。

私の半分くらい?の身長しかないスリムな女性ランナーからこれほど元気を貰うことになるとは・・・

吉田さんからはその後もしきりに腕を触れとのアドバイスを得る。また次に「目の前の3人をまず抜いて!」との指示。まるで彼女の実践レースさながらではないか??

いわれるがまま追い抜くと、今度は視界ぎりぎりに確認できる前を走る5人を目標にしなさいとの指示が飛ぶ。

プロ意識と市民ランナーの違いをあらためて認識する。今まではランナーを抜くことが競技にでる目的でないと思っていた。いや、抜かれるのもいやだからそう考えることが自然であった。

しかし、その時抜いたのは「ランナー」はなく「時」としてであった。ゴールと呼ぶ目標が時間である場合に限り、自分の前を進んでいる人は未来で後を走る人は過去。

10人、いや10分くらい時計を進めた?であろうか・・・距離は残り2キロとなる。

「ここまできてその走りなら力は相当なもの、絶対に切れます!」

プロから頂くもったいないほどの賛辞。それがゴールするまでに聴けた吉田さんの最後の言葉となる。

吉田さんはその後もペースを落とさなかった。次第に離れいく自分を気にして度々振り返れどやがて視界から遠ざかっていった。

「残念だ。万事休すか」

それでも数人はランナーを抜いた記憶がある。ペースそのものは落ちてなかった。

設定した「時」が過ぎていったのだ。

ようやくゴールのアーチが見えてきた。

「自己ベストは間違えないであろう。ただ10分切りはどうか?」

最後の直線でスピードを上げることが出来た。

そして「ゴール!!」

たどり着いたゴールに吉田さんが笑顔で迎えてくれた。

「ナイスラン!」

その彼女のタイムはなんと9分台後半。私のタイムは10分55秒。

思えば彼女は10分を維持するため「時」を演出してくれたんだ。だからスピードを緩めることなく10分の手前できっちり走りきったのであろう。(因みに吉田さんの自己ベストはそれより40分早い!)

吉田さんに感謝の意を述べて合わせて自己ベストを更新したことを告げるととても喜んでいただけた。

その後チームの走りきったメンバーと合流。長く楽しかった一日の締めくくりはそれぞれに精一杯闘ったレースを振り返ること。共有した時間と空気により話題は尽きなかった。先にレース中経験した「時」を止めたいほどの気持ちになるがそれぞれに家路に急ぐ。

さて、今日のお土産は自己ベスト!賞味期限は24時間以内。鮮度の良いうち酒の肴みにしてしまおう!!練習再開後に「過去ベスト」として変化しないうちに・・・

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くすのきカントリーマラソンまであと2日

今週の日曜日はくすのきカントリーマラソン、フルマラソンの部で出場する。名称変更となる以前の「宇部健康マラソン」より合算すると実に8度目の出場となる。

勿論、ここのところ毎週テレビ放映が続く世界選手権の出場権利を得るために精鋭が競うエリート大会と意味合いが違う。全員参加型で、しかも歴史のある立派な市民マラソン大会といえよう。

参加資格は健康な老若男女であること?!その約束事とは「大会出場における全責任は参加者個人が負う」 要するに自己責任のルールである。

とはいえフルマラソンは経験の多寡にかかわらず実に過酷なレース。真剣に行なえば命の保証すらできないものである!自己の肉体と精神をレースで極限まで追い込むことに悦びを感じる?私を含む多くの参加者は、この約束事を「死なない程度に走る!」といったところで便宜に解釈しているであろう。私も危なくなったらその場でゼッケンをはずし、湖畔に一人横たわる覚悟はある。高僧は立ったまま、また座したまま亡くなることを理想とするが走りながら消滅するは我本望。

ともあれ宇部地区で開催される同大会は、私にとって最も印象深い大会でもある。

初めて参加したマラソン大会との理由もある。まだ20キロの部であったが、初心者としては決死の挑戦であった。当時、専門知識や調整方法などあったものではない。まさに学生時代の運動会のノリ!前日までの深酒、しかも在りあわせのぼろぼろテニスシューズで挑んだものだ。

この他に印象に残るのは非日常的な雰囲気であった。その中で初めて多くのランナーを目の当たりに自分を客観視すると・・・・

「マラソンを開始する2年前までは連日の深酒や不規則な生活がたたり、体型を含めお世辞にも健康人と呼べなかった。ゆえに自分とこの健康オタク集団は不釣合いではないか??」 

しばらく自分の居場所を探すことに苦労したほど?と記憶する。

アップで軽快に走る後姿に見とれるてると、顔中シワだらけのお年寄りであったりする。「どうみても20歳代にしかみえなかったが・・・」 「ゾンビ?」 不安の次は恐怖心?が募る。

また選手は例外なく健康的かつスリム体系をしている。おまけに設置された喫煙所で煙草を吸う人も見かけない。控え室ではサ○ンパスを塗りつけテーピングをしている。談笑しながらも愛しそうに自分の足を見つめ撫で回している姿はいかにも異様な光景に思えた。

「彼らは自分の体をおもちゃにしている。きもい!(失礼)」

そんなデビューを経て翌年から2年間は、同大会への参加が危ぶまれる時期が続いた。

理由は不治の病に冒された父親の長期入院にあった。そのうち一度は危篤状態にある中、病院から抜け出して参加したことがあり今でも一部始終を忘れることが出来ない。

その精神的圧力は、現在においても過去に記憶に無いほど大きなものであった。出場を決行した理由は当時、得意先にあたる人物を大会出場に招いたことによる。大会前日に医者から呼び出しがあり、夜更けまで付き添うが少し快方に向いかけたことを確認しその足で知人を乗せて宇部の会場まで駆けつけた。そして走る。。。

「もしものことがあれば携帯電話に連絡がある。その時は知人に電車で帰ってもらおう。そうすれば3時間ほどで到着する。しかし、大丈夫であろう・・・いや、心配だ。」

レース中もずっと携帯電話が気になった。走り終わると真っ先に着信を見るが履歴無し。その日は事なきを得た。

こうして父親と一緒に42.195キロを頑張った一日の思い出がこの時期、鮮やかに蘇る・・・・ (昨年は無事、その父の7回忌を迎えることができた。)

この他、私の所属するランニングチームの会長の縁もこの大会がきっかけであった。ネットで同大会を検索していると、たまたま彼のブログの存在を知った。練習やレース参戦記に加え人生観などを骨っぽく語る文章を一気に読み終えると、是が非でも本人に会いたい!会わなければ必ず後悔する、と考え実行に移す。

「明日、偶然ですが私も大会にエントリーしています。よかったらレース中に声をかけてもらえませんか!」 とメールを送ったのが2年前。

それからは男臭?丸出し、本音も丸出し、ガチガチの硬派が真骨頂たる彼のブログに心酔した9人がメンバーとなりチームも一段と盛り上がる。

以上のように思い出が尽きぬ大会である。これからも充分期待できる!

さて、本日をもって練習はほぼ消化、調子は順調!(参戦記が書けなくなるので少し控えめなコメントとする)

練習のレシピを頂いたチームのT氏に報いるべく好成績を収めたいものと考える。やはり参戦を前にいささか興奮気味でもある。(今後これをランナーズプレハイとでも呼ぼう。) 今回のテーマはやはり後半35キロ過ぎ。イーブンペースを守りつつゴールまでピッチ走法により無事たどり着きたい!

では、今回出場されるランナーの皆様、同日開催される東京マラソンに出場できるうらやましい限りの(来年は出たい!)ランナーの皆様、最後に我チームの皆さん、ご一緒に頑張りましょう!!

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