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ナイスRUN! 高橋尚子選手-②

                  

前回は、市民ランナーが見ても走れる状態でなかった高橋選手のことを書いた。

そのレース展開はあまりにも不自然であった。

一体真相は? どうして強引にレースに参加したの?

しかし、レース後の記者会見により意外な事実を知ることとなる。

まずはゴールした後の高橋選手の記者会見。

昨年の夏、膝にメスをいれる手術をした。苦しかったが走るためにやむ終えず受けたと。

また、夢をあきらめない!この気持ちを、幾度となく自分自身に語りかけた。

その度、挫けそうになる自らを奮い起こした。そんな内容であった。

語ったシリアスな内容とは裏腹に、なぜか表情に憂いがなく清清しくさえも感じた。

そして最後に現役続投を宣言する。

レース後の会見直後において、これらの内容を語るところに、今回の高橋選手の

参加に対する純粋な気持ちと、走ることへの愛着が分かる気がする。

やはり、完走を目的としていた。

いや、今回のレースは走りきることが大きな目的であったのだろう。

勿論、選考会などの意味合いを考えると、早く走ることに越したことはない。

大方の予想では上位で当たり前、優勝もありうる!であった。

だけど、早く走れる目算がない!

だから・・・

走ることを目的とした。明日に向って走るには、今日、この日をなんとしてでも走りきらねばならない。絶対逃げられない!!

この選考レースが、いや、五輪だけが走る最終目的ではない。

だから、辞退せず出場し、最後まで走り抜く。

また、走る姿を心待ちにしている人がいる。苦しい時に応援してくれた人や、世話になった人が大勢いる。

その人の前で、チャレンジをしている見せるためにも、頑張らなければいけない。

しかし、もし、結果が出せなかったら・・・ 

夢には先がある。いつまでも夢を真剣に持ち続けることが一番幸せな姿。

ゆえに走り続ける自分があれば、そのうち必ず、次の目標が見つけられる。

その目標は、ただ走ることにすぎないかもしれない。

それでも・・・

目標を達成した次の日も走っていたい。

8年前の自分がまさにそうだったから・・・

そんな、走ることへの彼女の純真な気持ちを感じた。

マラソンとは、目標向って走り続けること。目標を見失っても自分を疑うことなくひたすら走り続ける。たとえどんなに障害があれども、自分の力でしっかりと、また最後まであきらめずに走りきる。初めて、自分で決めた距離を走り終えたあの感動をいつまでも持ち続けて・・・

多くの人が、マラソンと人生を重ねる理由はここら辺りにあるのだろうか。

また、そんな清清しい高橋選手に、久しぶりに会えた気持ちがした。

あれほどの選手でも、故障をするとさらに大きくなるものだ!

さあ、自分も次の日曜日には思いっきり走るぞ!

また、どんな結果でも受け入れるつもりだ。(そんなの関係ねエ~)

そして翌日、少し重い体をいとおしく思いつつも、レースの余韻にひたりながら

次回のレースのこと、5年後、10年後のランナーとして進化(タイムではない)

した自分のことを考えながら走る、「至福ラン」 を楽しんでみたい!!

命尽きるまでの現役続投を表明しつつ・・・

最後に高橋選手、この度はお疲れ様でした。 ナイスRUN!

また、これからも100年走り続けて下さい!! (どこかで聞いた歌のフレーズか?)

追記

こうしてマラソンのレースを見ながらもいつも感情を移入してしまう。一流選手と重ねると、ますますこの競技にはまりつつあることが良く分かりますねえ~。偏見タップリの精神編を終わります。高橋選手。コメント待ってます!?

ナイスラン!高橋選手-①

先日、女子マラソンの五輪出場選手の発表があった。

選出された選手の中に、名古屋女子国際マラソンで結果を出せなかった

高橋選手は選ればれなかった。

しかし、日本にメダル獲得の期待がかかる数少ない競技が女子マラソン。その最後の選考レースということで、国民の関心は相当高かった。特に、アテネ大会の覇者、高橋選手に注目が集まった格好だ。

大会後の報道の多くは、レースの経過以上に高橋選手の様子を克明に伝えると同時に、レース後に残したコメントを余すことなく報じた。

新聞の片隅にあった「高橋選手、陸連の強化選手を外れる」の記事が、絶妙?のタイミングでの公表ゆえ、やけに感傷的気分を誘ったのはこの私だけであろうか??

さて、私事であるが、来週の日曜日には、この10年間で20回以上を数えるフルマラソン参加を予定している。勿論、選考会はなく、代わりに飲み会が控える??市民マラソン大会である。

そんな私の趣味であるマラソンのテレビ放映は、いつも時間の許す限り見ている。

(時間が許さない唯一の理由は、その時、外でジョギングするからである。しかし、時間がいつも自分を支配する前提で使用するこの言葉は、使用時に何か抵抗を感じる。また、多くは間違った使用で、しかも常態化されている気がする。・・・余談)

ゴールシーンやハプニングがあると、画面をまともに正視できなくなる。

それほど感情を移入しつつ、また、何かしらの感動を得て観戦を楽しんでいる。

実力の差は大いに!あれど、どの選手に対しても走る自分の姿を投影してしまう。

マラソンの本番は僅か2時間ばかり。しかし、その準備たるや膨大な時間である。ことにトップ選手の厳しい練習など、一般の人の想像を超えるほどのものだ。因みに箱根駅伝の選手は月間で約1200キロを走るときく。

話はそれたが、この度もマスコミの報じる高橋選手の報道にあまり関心しなかった。彼女が語った、解説の介在しない本来の内容と、名古屋のレースを通じてごく平凡なファンランナー、市民ランナーの自分が素朴に感じたことをここで語りたい。

(あくまでも実績を残した優秀なランナーの、正確無比な教科書的解説とは異なります。悪しからずご了承ください!)

                      体力編

9キロメートル手前で、足のふくらはぎの痛み!!

早くもこの時点より先頭集団から遅れ始めた。どんなに調整が不足したランナーでも、大一番のレースであれば、体調不良とはいえ、緊張感によりハーフポイントまではついていけるはず。ましてや高橋選手は2年ぶりのレース。いくら百戦錬磨とはいえ、チャレンジャーの気持ちであろう。また、マラソンのスタート後は、ベテラン、初心者を問わず心は高揚するもの。加えて沿道の応援の多くは、高橋選手に向っていたことだろう。

しかも今回のレースはビッグネームの多さゆえ、選手同志が序盤から牽制しつつペースを上げないスローな立ち上がりのレース展開。

よって、このペースの中、スタートから僅か9キロで脱落した高橋選手は、スタート前より本来のレースが出来ないものとある程度、予想していたのではないだろうか?(その後の記事などの情報により、確信に近いものと感じている!)

彼女の実力からいえば、1キロ3分後半を10キロ程度走ることなど、ほんのジョグ程度のこと。また、少々の痛みがあれど、我慢はできるはず。一般ランナーも例外ではないが、42キロ走る人は、最初の9キロは勝負どころと考えてない!調整区間である。また、この辺りでは、市民ランナーも汗すら流れないものである。(参考*気象条件13℃程度)

序盤の10キロまでは、体が軽快に動く程度に設定、その後のペースアップを、走りながら心と体で準備しているはずである。

しかし現実は、序盤で、高橋選手にふくらはぎ痛が生じた。

スピードは、かなりスローペースにかかわらずである。

DNF/棄権

レースが選考会、しかも高橋選手は招待選手として参加している意味からも、体の変調が突発性であるものなら、余計に考えられたことではないだろうか??

その後、結果として完走することになるが、この理由は精神編で書いてみたい。

ここら辺りを検証すると高橋選手は、この大会に出走する以前から、調整不足でレースにならないことをある程度は覚悟を決めていた気がする。

市民ランナーといえども体の変調、特に足の状態など、毎日異常??ともいえるほど入念にチェックする。栄養バランスも含めて・・・

また、記事で確認したが、70キロ走はこなすが、スピード走はできなかったと・・・

これでは選考レースにでる方が無謀!?な気がする。

市民ランナーも、大会出場が目的にあれば日々の練習のなか、長い距離を走ることもあれば、インターバルと呼ぶスピード走を取り入れたり、速度を小刻みに変化するアクセント練習をこなすこともある。

分かりやすくいえば、高橋選手の大会前の調整は、レースでなく、あくまでフルマラソン完走を目的とした準備にとどまったといえる。

だからレース前に、かなり不安定な体の状態にあったにもかかわらず出場し、完走を

遂げた。完走をひとまず念頭に置き大会に臨んだものではないかと考える。

高橋選手の発言に退路を断つ求道者のように感じたところと、走りの美学については、

精神編として次回書いてみたい。

明日は頑張れ!高橋尚子

明日は女子マラソンの五輪選考最終レース。

名古屋には、あの高橋尚子が出場する。

シドニーオリンピックの覇者。あれからすでに8年。

有り余るほどの栄光を、手にしたかにみえる彼女が

何故再びオリンピックに出場したいのか?

コーチとの訣別。スポンサーの離脱。マスコミの悪戯な批評。

しかし苦境にも負けず、自らチームを設立し、この8年間ずっと走り続けてきた。

高橋選手には、才能に加え走ることへの熱い情熱を感じる。

勿論、プロとしての自覚があると思うが、ただそれだけで

あの自らの偉業を達成した時以上に、自分を追い込むことはできまい。

では何が今の彼女の心を掻き立てるか??

彼女が走ることにより、影響を受ける人が増えたことも理由にあるだろう。

高橋選手が必死に走る姿は、多くの人の感動を呼ぶ。

偉大な功績を持つがゆえ、多大な影響力を持つ。

また、このチャレンジは結果にだけ執着したものとは考えにくい。

栄光はすべて過去のものとし、8年前に世界一になった自分を超える。

肉体も精神も更なる進化を遂げることになる。

高橋尚子は、走る姿により自己の人生、自分の存在をアピールできる。

この8年間、日本の女子に早い選手は数多く出てきたが、

すべての選手は、あのシドニーの高橋選手の走りと比べられていた。

それほどまで、彼女は当時、実力の違いを世界に見せつけた。

多くの日本人は彼女から勇気と元気をもらった!

あの感動をもう一度!往年のファンならずとも高橋選手に関心が集まる。

本日、大会前の高橋選手を見ると実に自然体に思えた。

充実した練習とともに心の成長を映した爽やかな面持ちは、

大いに期待できるものと考える。(だけど少し痩せ過ぎかな・・・)

戦前の得意の?マスコミの酷評など耳を貸さず、

しっかりと、あの小刻みなピッチで名古屋と日本中の応援を背中に受け、

後悔しないレースをして欲しい!

とにかく健闘を祈る!

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