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世界の紛争と不況について考える。

ガザ地区は、相変わらず双方の容赦ない攻撃により市民の犠牲者が増え続けている。

国連調停が勢いづくのは、オバマ政権発足後に期待してよいものか?

やはりアメリカ新政権による調停への強い指示の姿勢と、軸足を変えた新しい調停案なくしてはこの紛争解決はありえない。早急に互いの政権を認め合い、軍事介入を自重させなければ戦禍は収まるどころか拡大の一途をたどるものと懸念する。

この地区の紛争は現在、戦禍の拡大に応じて日々報道されることより世界の耳目を集めるが、「昨年起きた国家紛争において大きく報道されなかったニュース」の見出しで、NEWS WEEK誌が編集していた。

この記事より少し抜粋する。

「アフガニスタンに派遣しているアメリカ軍は、2008年度は過去最大規模の4万人に昇る。」

この規模は内紛でなく、すでに戦争状態にあるとの見方を軍事評論家および同メディアは指摘する。我が国においてはこの報道に関して、メディアから大きく取り上げられることはなかった。

むしろ隣国イランの核兵器開発問題の報道が余程大きく取り上げられていた感がある!西側同士の暗黙の了解?協定??いずれにせよ偏重報道に対抗するには、立場の異なる国のメディアからも等しく情報を入手する以外に方法はあるまい。

次には、同一言語を語りながらも長く殺戮を繰り返すツチ族とフツ族の紛争は、ウガンダからスーダン、コンゴに広がり、この10年間で一般人死者だけでも500万人を下回らぬとのレポートだ。500万人の死者・・・・あの、史上稀に見る残虐な殺戮、恐るべきナチの集団虐殺でも400万人の犠牲というが・・・ 絶句。また憂うべくは今もなお戦禍は収まりきらずにいるとの事実。

いずれにせよ、この地球上に今尚続く人類同士の殺戮を、一体人間以外の誰が止められるというのであろうか?この当たり前について、今更に考えてみる必要がある!

民族抗争、領土侵害、不平等条約の締結、負の遺産を引き継ぐ政府の存在など・・・未解決な理由は紛争の数ほど存在することであろう。

また過去の帝国主義の侵略における国家単位の富の搾取や人権剥奪が、いまだに禍根を残し現在に至る事実。これらの認識は、正しい未来を迎える意味でも必要なものと考える。

この他、紛争の渦中にある国々に加え、近代の繁栄から不幸(この二元的判断は断定ではなく問題提議!)にも取り残された貧困な国々では、流行病や飢餓による死者が一向に減る気配がないと聴く。殺戮と同様に人類の脅威といえる。これらも今後の人類の幸福と平和への足かせになるものではないかと憂慮する。

また、この度生じた世界同時不況については、こうした疲弊し、貧困状態にある国々とその国民をさらに奈落の底に突き落としかねない。クーデターによるタカ派政権の誕生、暴動の多発など、一般市民を暴力に巻き込む危険性がはらむからである。現在、世界では1日1ドル以下で暮らす人が10億人いるという。こうした国々の困窮した人々への支援はNGOやユニセフなどの国連中心の活動だが、その寄付金自体が減少しかねないからだ。

また、これらの貧しい国をも蝕む環境破壊は、ますます食糧事情の悪化に追い討ちをかける。これより「環境を守る!地球再生」などをスローガンに、先進国が経済効果を掲げながらも国策として行なうプロジェクトであるが、この議題そのものは必要に迫られていることは凡そ分かる。また、大いに大義はある!

しかし、そもそもこれらは自然の方から求めたわけではないことを先に理解することが大切!!勝手に環境を破壊し、また資源を爆食しておいた挙句、これからは低炭素化やエコロジーでいきましよう!と拍手喝采では、無力なるがままに破壊された地球に疑念を抱かず暮らす、近代化の恩恵を全く受けなかった人々にたいしてあまりにも無責任。また恥さらしも甚だしい。

否、ここは自ら壊した自然環境を今度は保護することをビジネスとする先進国のしたたかさを誉めるべきか?ビルド&スクラップ??

いずれにせよ、一斉に盛り上がる議題はすべからくムードが先行しがちである。

それゆえ個々に冷静な分析が必要と考える。

話は大いに脱線したが、ここは世界同時不況下である。

夏の日に突然のスコールが襲ったとする。化石燃料をたっぷり使用し、安価な労働力を求めた資本家により生み出されたスーツを身にまとう先進国のリッチな人がずぶ濡れになった。ゆえにこの人から先に救済するのではなく、過去の史実をあらためて座視し、不幸にも戦禍にある国の人々。または戦闘と貧困に晒され、明日の生死すら保証の無い国々にある不幸な人々への人道的援助政策を、自国の民の困窮とあわせ考える必要を各国の首脳および行動をともなう学識研究者に望む。

また、そうした議論が活発化するようメディアに切に望む。

我が国の国民は、意味もそこそこにしか分からぬ英語の優れた演説ばかりに熱を上げてる場合ではない!地球は地図にすると平面だが、正体は丸い球状だ。

自分が住むことに都合の良い場所だけ存在を認め、また、それを世界と呼ぶことはやめよう。

心地の良い情報ばかりに酔いしれると、必ず偏狭的視野に陥り過ちを犯す。現在の状態はそれに似る??

昼があれば夜の場所もあると、もっと立体的に我々の世界を考える時期がようやく到来した。。

2009年スタート。報道と戦争について考えたこと。

今年も早いもので?9日が過ぎた。その間起きた出来事を思い起こすと、不思議なことに明るい話題がどうしても思い浮かばない。

実際は報道されたはずであるが、印象が薄いのであろうか・・・

しかし、現在の状況ではメディアは明るい報道をすることに意義すら見出さずにいる様子。連日伝わるメッセージは悲観論一色の不況実況生中継!おまけに先行きが見えないと連呼する不安増大キャンペーン!には恐れ入る。(そろそろメディアも飽きる頃であろうが?!)

またコメントしやすい話題にはその都度、街角インタビューならぬ市民の声とやらが登場。この街角の声、度々顔と姿は変われど我々の予想する答えと大きくかけ離れることはない。

要するにこれらの回答は、突然マイクを突きつけられたことにより瞬時に発する模範回答。半ば無理矢理発言を強いられた、作られた声としか聞こえてこない。(質問に誘導的な問いかけが多々あることに不自然さを感じるのは私だけであろうか?)

ここら辺りは、世論を方向付けする手練手管にたけたマスコミのお家芸ともいえるのではないか。

誠に恐るべきは実相と仮装の世界が入り混じる現代文化。

世論を正論と信じることは思考停止の状態にあるか、またはそう願うことが楽で仕方が無いかと自らを疑う必要性を感じる。

そもそも世論と呼ぶもの、一人前の道徳観を持ち社会的責任のある人がまずは語らないフレーズである。

また、事後の一切の責任を負うからと、世論を支持するように不特定多数の民に働きかける語りはそもそもが怪しい。また、そう考えた方が賢明である。その証拠に世論の存在理由が消滅したと同時に多くの人は醒める。その後は一斉に、先まで同じ立場にいた人を懐疑の目により見つめはじめる。やがて忘却の彼方に強制的に放棄するほかに道は残されない。

この世とは時が移りゆくことで森羅万象の全てが変化する場所。

人は時代の空気からはいつでも不自由にあるが、その空気ばかりにあまり捉われ過ぎてはいけないというところか・・・

不変の真理を語る人が目の前にいなければ、自らが真理を探究しつづける以外に心が安堵できまい。

さて冒頭にもどるが、今年最悪のニュースとは、やはり700人を超える一般市民の犠牲者を出した中東における武力紛争であろう。

日本のメディアは今回のカザ地区におけるハマスとイスラエルとの武力紛争こそ、さらに詳しく状況を報じるべきだ!!情報が少なすぎることに度々苛立ちを覚える。

しかし、本来は戦争に無縁であるはずの市民、中でも未来の象徴でもある子供たちが次々に戦火の犠牲になる報道に、度々胸を痛める。

いつ何時、ロケット弾が飛来するか分からぬ中での生活・・・その恐怖は想像を絶する。

それがこの時、この地球上で起きている。対岸の火事と見過ごすわけにはいかぬ。

「武力は武力により滅ぼされる」と歴史は語るが、この場は組織化された金と武力の矛先をまずは抑えることが肝要。次にお互いの民族の恒久平和を約束した後、仲介人は過去の負の清算に対してお互いが少しでも前向きになるように高い見地より譲歩を引き出す。これらを対話を重ねることで実現してほしいと切に願う。

が・・そこに難しさがあるのも事実である。

しかし、ここは緊急を要する。もうこれ以上、血で血を洗うことはやめろ!

イスラエルと蜜月関係を持つ超大国アメリカに仲介を望めないなら、エジプトとフランスの大統領に加えて我が国の特使は、国連主導のもとで一日でも早い停戦を試みるべきだ。国際法でも禁じる、集団による無差別殺人を断固としてやめさせなければなるまい。

イスラエルとハマスの両指導者には、このメッセージを伝えたい。

「人はただ愛によってのみ憎しみを超えられる。人は憎しみによって憎しみを超えられない。」

仏教国であるスリランカは第二次世界大戦における日本の戦争責任について、サンフランシスコ講和条約において自国の見解を述べた有名な言葉である。(仏教の「法句経」を引用してある。)

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