豚インフルエンザの報道下で・・・
先日から被害の拡大とともに報道が激化したメキシコ発、豚インフルエンザである。
文明の利器より渡り鳥化?した人間が病原菌を伝播、先進国にも広がりを見せたことで大きな騒動に発展している。
先のニュースによると、我が国の厚生大臣は「この病原菌の拡大を防御するために人と金を惜しまず立ち向かう」とあった。
経済危機後のG20の共同声明でも聞いている心地がしたのはこの私だけであろうか・・・
さて、先進国ほどの医療設備がなく、感染病にも無防備なメキシコ人の間に犠牲が拡大していることに心が痛む。
「地球上で暮らす生き物は等しく生きる権利を持つ。また後の世代にも安心して暮らせる地球にすることが必要。
そのため壊れかけた地球環境を取り戻そう。」
(人類が望む地球にしようとするエゴも透けるが・・・エコはエゴともいえる)
環境をすさまじい勢いで破壊し続けた先進国の輩もようやく反省した。
また順調に見えた経済成長に急速にブレーキがかかると、今度は各々が目標を定めた環境維持に全力を挙げて努めるとのこと。ひとまずのコンセンサスを得たところは記憶に新しい。
しかし環境問題にも関わるが、人類が抱えるもっとも厳しい現実が食糧問題である。
世界には、生きることに最低限必要な1600キロカロリーすら摂取出来ず飢えに苦しむ多くの人々がいる。
またこのたびの世界同時不況により、こうした人々の食糧事情がさらに悪化、先進国の緊急かつ強力な支援なくしては
餓死者の増加は免れない事態にあると聴く。
1日を1ドル以下で生活する困窮者が世界には10億人、これをボトムビリオンと呼ぶらしい。
当事者ではない先進国の人が、優位な自らと区別(差別)するため名付け親になったことに間違えはないだろう。
この「ボトムビリオン」日本語訳で「底辺の10億人」
呼ぶ方も呼ばれる方も、お互いが正気であれば吐き気を催すほど残酷な呼称である。
ただ相手が気づかないから使用が許される差別用語を何気なしに使う例は日常にも多く、言葉を増殖させ使い捨てるマスコミ由来とはいえ、平素から使い方に気をつけたいところである。
これら危機に瀕する人々は産業革命以降の世界の繁栄から取り残された人々、そのうち年間で1500万人、一日に換算すると4万人が餓死しているのが世界の現実だ。まさに戦慄とともに驚嘆すべき数字ではないか・・・
地域で見るとアフリカなど後進国の一部に集中して久しいが、元々報道が少ないからつい見過ごす。また、日々に提供される新鮮な報道により過去の記憶が薄れてしまう。こうしたことは情報を受け入れる側にありがちなところである。
しかし身に降りかかる火の粉だけ払えばよいものではない。豚インフルエンザの報道の中でも餓死の危機に瀕する多くの人が食べ物と薬を求めている事は容易に想像できる。
今朝の新聞によるとインフルエンザによる不幸な死者が150人を超えた、と大きく報道があった。
しかし、WHOにおける豚インフルエンザの危険レベル判定のように数値化できないのが餓死であろう。
環境、経済や食料事情が原因で伝染している病にも思える。
その世界の餓死者4万人を増やさないための支援策は、マスコミからも為政者からも大きくは聞こえてこない。
現在の先進国は自国の繁栄のためだけに、同じ人類がたとえ餓死しようが構わないという野蛮なやり口で不幸な過去を歴史に刻んだ。
この重大な責任を忘れてはならない。
また、繁栄から取り残された国家と人々を、例え形式において開放したからとはいえ、その後のことは関知しないではすまされない。
さらに複雑になった理由だけを大きく伝えたい気持ちはあるだろうが・・・否、ここはとにかく緊急の人道支援である。
(今回のブログは豚インフルエンザ対策を否定するものではない。)
| 固定リンク
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- 為政者に注文。(2009.11.05)
- つぶやき②(2009.07.24)
- 21世紀はどうなる?(2009.07.20)
- つぶやき(2009.07.18)
- 違反はどっち?しかし裁くは人也。(2009.05.16)


コメント