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郵貯上限額引き上げの意味?

連日報道されるニュースより、我が国の経済力がかってない程まで疲弊していることが読み取れる。

世界と比較しても凋落ぶりは明らかでもある。先進国において最も落ち込んでいることはもはや疑いのないところだ。

特に郵貯の貯金上限額引き上げ報道については、現政権の財政における考え方に加え今後の日本を占う意味で重要であると考えた。

ひとまず経済状況を把握するため最新情報を整理する。こうした情報の中の数値は未来を予測する判断材料といえよう。

トピックスを幾つか拾ってみると・・・

財政

     税収(収入)37兆円に対して歳出予算(支出) 54兆円  

(あの第二次大戦後で最悪の財政事情ともいえる1946年以来!)

     政府の公的債務 949兆円 国民一人当たりの換算で750万円 

(子供も人数としてカウントされる。この意味は二重に重い!将来に禍根を残すなかれ!)

     債務の対GDP比 1.97倍 

(先進国中最悪!アメリカでも1.0倍以下である)

     追加が可能とされる国債 569兆円 

(これでもまだやるか!いや、この試算こそ今回の郵貯上限額引き上げのため事前に政府が要求した数字であろうか?

そうであるならこの数字に妥当性はある?)

経済

n         需要不足30兆円 (いや、もっと!官の公表したくない数値はことごとく控えめとの法則か・・・)

n         大企業の景況感2期連続悪化 (これでは中小企業はどうなる?)

n         ガソリン価格 130円を超える (デフレ下の資源高騰が意味することに戦慄を覚える!)

やはり今回の郵貯限度額引き上げの件は今後の財政破綻防止に向け背水の陣を布いている感が否めない。

時の郵貯民営化に一部賛成していたのが民主党、絶対に反対としてきたのが国民新党。

当時と状況こそ異なるとはいえ、与党の民主党が政策を変更してまで郵貯を囲い込む理由を推察すると日本が現在置かれている状況がつかめる。

最悪のシナリオとは・・・

国債価格が暴落!それに伴い金利は上昇。国債を大量に保有する国内金融機関は評価損を抱える。それに伴い自己資本比率が悪化、必然的に貸し渋りが起こる。長期金利上昇のため大手企業の設備投資および資金調達意欲は減退する。

銀行からの借り入れ比率が高い中小企業は、金利負担に耐え切れず破綻が相次ぐ。

国民は雇用と未来への不安のため消費をさらに抑える。それが更なる需要不足を引き起こし景気は急降下する。

円の国際的信任が低下することで今度は通過の暴落が発生。

元々食料依存率や原材料の輸入比率が高い我が国は、不況下で物価が上昇するインフレ、いわゆるスタグフレーションに陥る。国民の生活は可処分所得の減少に伴い困窮を極めることになる。

その後円資産の減少を恐れる大企業は、危険回避のために資産をドルまたはユーロにシフト。

また、本拠地を海外に移す企業も増える・・・考えただけで恐ろしい。

しかし最悪の事態とは、国債の支払いが滞り世界のマーケットで円による決済ができなくなる事態、いわゆるデフォルトである。

これは国民の貯蓄率の高さに加え、借金である国債の国内消化が高いことを理由にありえないといわれ続けてきた。

しかし、このたび郵貯を再度、官の指導力の及ぶ体制にすることが何を言わんとするかである。

郵貯の全国一律サービスの復活、および職員の常時雇用を政府が決めた。

民業圧迫の声が再び高まる中、郵政民営化選挙で自民党が300議席を得た5年前の形に逆戻りした。

しかし、郵政貯金の預金残高は現在でも280兆円、メガバンク3行の1.2倍にも及ぶ。

よくよく考えると現在の政策はやはり最悪のシナリオに備える準備をしている。

今、この時がまさに緊急事態と認識しているのは我々よりむしろ政府であるともいえよう。

郵貯を早く株式上場させてその売却益を財源として国庫に入れるより、政府が必要なだけ国債を発行して郵貯が吸い上げる事情を何よりも優先する。

この国債は、購入の大半が郵貯を含む国内の金融機関である。今や個人は殆ど買わない!

しかし、国債の原資はもともと国民が金融機関に預けたお金のはずである。それが足りないから、あるいは担保力が必要だからということか?

これまでの方法で運用を続けていけば、すぐさま制御不能の状態に陥るのは誰が見ても明らかではないか。

民間金融機関であれば貸し出しをするが郵貯はその機能がない。これからの郵貯も、国債を買うため国民から集金する機能だけが期待されよう。

さて、今の不況であるが先に述べたように需要不足が明らかである。

マクロ経済の貸付残高が増えない限り、問題とされるデフレの解消は無理である!

それゆえこの法案可決により、郵貯資産を担保に民間にお金を回すシステムを組むことが急務と考える。

抵抗も予想されるが、非常事態の回避として実行することを公言すれば理解を得られるかもしれないと考える。

第六回くすのきカントリーマラソン参戦記

3月14日の日曜日、山口県宇部市で開催された第六回くすのきカントリーマラソンに参加する。

今回のテーマは自己ベスト更新である。車中回想したことは昨年まで5度出場した同大会の記憶に残るシーン。3月第二週の日曜日をくすのき町で走ることとなり久しい。

この大会に連続して出場することより知り合いが年々増える。それも大会出場に向けた励みになっていた。

思えばチームの会長と4年前に出会った運命的な場所でもある。その時の様子は、スポーツを愛するストイックで誇り高きアスリートとして、今でもしっかり脳裏に刻まれている。

会場に到着後、着替えを終えて今回はたった一人で会場近辺を約1キロのアップ。

昨年チーム仲間と走った事を懐かしく回想する。あれからもう一年・・・歳月は人を待たず。

ようやく予定時間となりスタートラインに並ぶ。心地よい緊張感が体を包み込む。腕時計をリセットし、それほど意味がある訳でもない?軽いストレッチをしながらいざ出陣の時を待つ。

すると、チヨロ氏がいた!

彼とは昨年の防府読売でゴール直前に追い越されて以来?の再会である。彼はその些事すら忘れずいたため、しきりに私に詫びる?いかにも律儀な男である!その後しっかりいじめて?(いじめられ)その場を愉しんだが、この彼もチーム会長から授かったご縁であることを思い返すと、会長への感謝の気持ちがこみ上げる。

前走の失敗よりスタート位置は前に限ると勢い込み陣取るが、気が付くと2時間30分目標のポジション。

「エイ、ままよ!その気になれば良いだけさ!」と開き直って号砲を待つ。その中にいると早く走れる強い気持ちになるから不思議だ!

たった今まで気が付かなかったが、私は実は洗脳されやすいタイプかもしれない。

出走時の天候は曇り、温度は8℃で無風、しかも湿度は低い。とにかくマラソンに格好のコンディションであった。

本日のプランは「折り返し90分を出来る限り目標とし、その後イーブンペースで駆ける。」

スピードに欠けるため、この計画をレース目標として久しい。しかし、今回はコースコンディションが格別に良い。直前、大いに期待を膨らまし臨む。

フルマラソンエントリーは660人。スタートの混乱もなく、いつもどおり出走した。

田園地帯をしばらく進む。

田んぼでは土の荒起こしが目立ち、春の到来とともにいよいよび農作業も本格的シーズンを迎える様相である。昔ながらの大きな造りの家から出てきたお年寄りが、人間味溢れる人懐っこい笑顔でそれぞれのランナーを迎えてくれる。温かく応援してくださるお年寄りに軽く会釈をして通り過ぎる。誠に有り難い!

そう思うと同時に、過疎化が進むこの集落の未来を憂う。都会に金と人と仕事が集中する現在、地域の活性化は急務であろう。

7キロを過ぎるとやや急な昇りがある。この辺りには竹が生い茂る。山口県といえば竹の産地で有名であるが、この地区の竹林は見事なまでに整備されていた。数日前の雪解け水を含んだ青竹には溢れんばかりの生命力を感じた。

しばらくすると歩調の合った長身ランナーと会話する。この大会は初めてのエントリーとのことで、5回目の私にアドバイスを求めてきた。

そこで「コースはタフですが、今日は最高に走りやすい。だから貴殿も必ず自己ベストを出せる!」と力づけた。

また「30キロまでは、少し力をためた方が良いですよ。」と老婆心ながら率直な意見を付け加えた。

池の周囲を回るコースもすっかり記憶している。毎日走る練習コースと変わらぬほど正確に記憶しているのは、やはり非日常的体験であるからか、1年ぶりのはずではあるが沿道で応援してくださる人すら記憶が残る。

さて、10キロのスプリットは42分、まずまずの滑り出し・・・その後は体感スピードに任せて走ることにした。

それから少しペースが落ちた理由は、本格的昇り坂があったからだろう。

折り返しのラップは92分、実際に180分切りは難しいと考える。しかし、ここまで果敢に攻めてきた事も事実である。後半はしっかりまとめていこうと気持ちを切り替える。

折り返しから25キロまでは自然発生した8人の集団の一員となる。私はその最後尾につけていたが理由は単純だ。集団には何としてもついていきたいが、その時のスピードに自信がなかっただけである。

テレビ中継で見る集団最後尾にいるランナーの心理状態を考えてみると、二番手以降の集団であれば、時の体力的自信に欠けるケースが多い気がするが・・・

こういったシーンで度々語られる解説は的を射るものだとその時始めて考えた。

しばらく体力の回復を待ちながら、集団から離れたくない気持ちで粘走する。

集団は25キロを過ぎて縦に広がった。このレースの山場はこれより32キロまでである。

疲れたところに昇り坂を迎え、ランナーは失速を余儀なくされる。

まだ足が着いてきていることにひとまず安堵する。

昇りで最も厳しい場所にさしかかろうとした時、なにやら派手で大きな手製の看板があった。ユーモラスでアニメチックなキャラの横に「ぶち走れ!」と書いてある。山口弁で一生懸命走りなさい!との意味だが、一文字間違えれば女性ランナーにヒンシュクを買うこと必至であろう。まさか・・・記憶の残影を意識しはじめた瞬間に、あの腹氏が破顔一笑、出迎えてくれた。

「マーさん、頑張れ!」

予想外の出来事で本当に嬉しかった!!また彼は、暫く私を写真に収めるため併走してくれた。その後の肉離れが心配である?!有難うございました。感謝!

しっかり元気を頂いた後に坂を下る。

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自己ベストへの確かな自信が確信に変わろうとした時・・・これまで従順に機能していた愚足?に突然強度の疲労が襲った。以前のようなスピードで進まない。歩幅もかなり短くなっている。

そこで腕を思いきり振ってみた。また、体を倒してみた。だめだ!みるみる減速していく。

そういえば昨年、この区間だけゲストランナーに助けてもらった。奇しくもあの場所である!

2人のランナーに抜かれた。その抜いたランナーから激しい息遣いが聴こえる。彼等も相当疲弊しているようだ。

ここは私も頑張らねばなるまい。

「ウオー」と奇声を挙げる事とした。次にリズムを変える。フォームと同時に呼吸の調整だ。別の筋肉を使うイメージである。最後に一二、一二・・・と自分で号令を掛ける。

すると別の筋肉が目覚める感覚とともに再びスピードに乗る。復活!ラスト4キロのペースは5分30秒まで落ちたが、なんとか持ちこたえた。

会場ではスタッフと参加者の家族、また既に走り終えた人がゴールまでの200メートルを両側から挟み撃ちして迎えてくれていた。

その時の暖かい歓声と拍手は忘れがたいものであった。50人程度であろうか・・しかしその数倍の拍手と歓声に包まれた気がした。

そしてゴール!190分の闘いが終わる。

昨年のタイムより18秒短縮、かろうじて自己ベストを達成した。

幸せを感じたゴール後は、応援していただいた全ての方に汗で重たくなった帽子を脱いで挨拶した。

実業団などで度々見られる光景だが、その日に限り全てのランナーがごく自然にギャラリーに向かい挨拶をしていた。

それほどまで会場の雰囲気は温かいものであった。

着替えを終え、しし鍋を平らげた。旨い!

暫くゴール付近でレースの余韻に浸り、その後食事を済まして会場を後にした。

シャトルバスに乗りこむまで、スタッフの皆様は口々に参加者に声を掛けていた。

「お疲れさん」

「来年も来てね!」

「はい、皆さんもお元気で!」

ギャラリーとスタッフの温かい心が格別に嬉しかった。これほどのもてなしは他にあるまい。

久しぶりに日本で生まれたことを誇りに思いつつ、足を引きづりながらも爽やかな気持ちで会場を後にした。

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次走はえびすだいこく100キロマラソンで弾ける。

シャチとシェパード

大きな船がとてつもなく大きな魚を狙うため運航していた。

すると警備を装った国籍不明の小さな船から、船長と名乗る外国人が乗り込んできた。

大きな船の船長と、非礼な手段を用いてでも船の運航を阻止したいと考える船長が船上で初めて顔を合わす。

普段無口で温厚な大きな船の船長が珍しく興奮気味に語る。

「これは世界中が認めた釣りだから邪魔をしないで欲しい。だから言ったではないか、釣りの目的は調査だ、

かつて南氷洋を血の海にしてまで捕獲したのはクジラ漁、ここ数年続く釣りは調査が目的・・・

一体何処がどう違うかって??違いは明白だ!その証拠に本国から10億円もの国費、補助金をもらっている。

要するに私達の任務は、国から認められた事業そのものなんだよ。

調査する理由?多くの科学者がそれぞれの見地よりクジラ研究の必要性を説いているではないか。

くじらの体内に先進国が垂れ流した汚染物質が入っていないか、またクジラが増え続けると彼らが食べるイワシやサバなど回遊魚が減るという食物連鎖上の問題であるとか・・・要するに個体数調査の必要があるんだ。

俺たちの責任で個体数が減ったから調査するって?いや、そいつを調べるため調査が必要なんだ。海の水をプールのように抜くわけにはいくまい。だったら釣りあげるしかない。調査しなければ何一つ分からない。

またそれで個体数の判断が可能か否かは別として、とにかくクジラの生態を解明するため重要な調査手段なのだ。

だから我々は、こんな遠くまでやってきてクジラ釣りをしている。

実のところは近海でもクジラを釣る事が出来る。これ程まで離れた場所にやってきて、大切な調査をしているのに周辺国の反感を買う。率直にいうと心外だよ。繰り返すがこれは本当に調査なんだ。科学者ももっと大きな声でそこのところを強調して欲しいよ。彼らは世論から批判が集まると直ぐに舞台裏に隠れてしまう用心深い面々でもある。

たしかに国の連中は釣ったクジラを喰っている雰囲気はある。いや・・・事実あることは認めるよ。

稀少でもある釣ったクジラを今一番高い値で買い取ってくれるのがたまたま我が国、理由はやはり食用として利用するからさ。だけど将来的には経済成長著しい新興国に売り先が変わるかもしれない。

さて、我々がクジラを食用とすることを君は個人的理由より忌み嫌うらしいが、この習慣は太古から続く民族的風習でもあるんだ。こうした我が国の食需要こそ足りない調査予算を補っている。だからこそ調査が続けられる!

言ってみれば一つの民族の食習慣が、人類にとって重要な海洋調査を支えていることになるぞ!

また、我が国だけでなくノルウエーやアイスランドも捕鯨をしている。

もっと派手に食べ・・・いや、独り言である。

まあ、捕鯨についてかなりの規制がかかる現状では、調査捕鯨すらとりやめるとする勢いが優性であろう。

個体数減がはっきりすれば、調査とはいえ一頭すら捕獲できまい。

だけど調査を続ける正当な理由がある間はクジラを獲り続ける。

魚の養殖技術においては世界最先端の技術を保有するのも我が国、いざとなれば資源の再生に努力を尽くすことも請合うよ!

だから暫くは釣りをする我々の邪魔をしないでくれ。今回のように特別目立った方法で妨害されると、意図する事が別のところにあるのではと皆に勘違いされるかもしれないぞ。」

この会話の後、船長同士が意気投合して船上で杯を酌み交わしたという話はまだ耳に届かない・・・。

白隠先生

「日本に過ぎたるものが二つある、駿河の富士と原の白隠」

この唄に登場する白隠とは臨済宗の中興の祖、500年に一度の逸材といわれる江戸時代中期の高僧である。

私はこの白隠が著した夜船閑話および夜羅天釜を書斎の目に付く場所に置き、定期的に読み返している。

また友人や大切な人が不幸にも恐ろしい病に襲われた時、決まってこの解説本を贈呈することにしている。

お節介な話に聞こえるかもしれないが、この本の内容を重篤な病で苦しむすべての人に伝え、回復を心底願うからである。

そこには病を撃退するため大切な心構えと対処法がある。

一生をきわめてもつくせぬほどの秘法がこの一冊にこめられている。

過去に正確な統計こそないが、数多くの衆生が死の淵から救われたとの報告が枚挙に暇がないほどである。

白隠の健康法はどんな方法よりも優れることはもはや疑う余地もないと考える。

内容は祈祷とか特別に変わった修行を強要する訳ではない。また、宗教的戒律とかご利益的な説法など一切ない。

瞑想法および呼吸法が主たるものである。だから信じて行為に移さなければ全くもって意味がない。

病は必ず自分で治せるものであると終始力強く綴られている。また、病は自分が呼び込むこともあわせて教える。

勿論、人生とは修行の場であるから、病を治すことだけが最終の目的ではない。

人は必ず死ぬのであるから、病がたまたまその時期に重なったのであればやむおえまいと、死んでいけばよいだけの話である。

白隠は病と闘うだけでなく、仮に治ってもその先にある自分の生きる目的こそ重要であると説く。

病の処方を綴った夜船閑話では自分の心は主人公であり、その心こそが隠れた仏の姿であるとする。

そして世界でたった一つの自分の体と心の形を整える形を鍛錬する。

心を落ち着かせてその心が平穏になればやがて病は消滅すると説く。

そうだ、病は必ず消滅する。もしこれが偽りならば老僧の首を斬り取れとまで語る。

白隠は病人に病気と闘う勇気と知恵を与えたかったのだ。

簡単に説明すると、その方法とはおなかの下にある丹田に心気を収めて体、息遣い、心を整える完全なる呼吸法である。

また、ナンソの法は瞑想しながら頭の上にある媚薬が溶け出して顔、首、肩,腹,尻を伝わるあいだに完全に心と体が癒されるというイメージを呼吸法とともに行なう方法である。

自己治癒力を念じる方法であろうが、現代においてもこの知恵は活かされる。

不幸にも病気の人がいるとすれば、また病気を恐れる人がいれば是非、一読していただきたい。

この方法は300歳までの寿命を保証してくれている。

楽しいとする人生、寿命を自分で決めることができるとすればそれほどの欲をもって人生の目標を決め、生きていくのもよいではないか!

記憶力について

最近、滅法記憶力が鈍っていると感じ書店で問題解決本を見つける。(元々であるが)

すると目からうろことばかり色々な発見ができたのでここにまとめてみる。

まず感情の抑制が記憶力減退を誘導する。次に自分に適する睡眠を知ることで最も適した1日の時間割を作る。

そして常に脳の訓練を心掛ける。こうした流れで書かれていたが本の内容は非常に満足のいくものであった。従って早速実行してみたいことも含め、箇条書きとする。勿論自分の記憶に留めるための作業である。また、こうした脳、あるいは記憶力向上の本を読むと、直前まで心配していた自分の心が不思議に快方された気持ちに鳴る。勿論、こうした悩みは多くの人間がこれまで経験してきたから医学的にも解明が進んでいるのであろう。また、そのため多くの動物が犠牲になったことは気の毒な話でもあるが・・・

しかし、しっかりと読み手に適応した処方を提示することは個人差もあり難しい。まずはできる事から始めてみたい。

いつも身体ばかり鍛えているのだから、たまには記憶力を鍛えるのも良いかもしれない。勿論、わくわくしつつ。

n         楽しい感情、ラテン系のノリが記憶に良い。人は楽しかった出来事は事細かく記憶する。愉快であると大脳辺縁系の偏桃体が活発化、Bドルフィンの影響でドーパミンを分泌

n         記憶に締め切り時間を設ける。一夜漬けなども時には良い。

n         睡眠サイクルは個人差があるが1時間30分。自分の睡眠時間を日記でつけるとリズムがつかめる。

n         夜食はおにぎりに限る。グルコースが脳のサプリになる

n         昼寝に限る。昼食後10分は必ず必要

n         夜寝る前の30分は記憶にあてる。なぜならこれ以降新しい情報が入らないためある。

n         試験を受ける。脳の想起を活性化する

n         声を出して暗記する

n         テレビを見ながら映りだす被写体の名前を口にだす。

n         自分が問いかけたことに7つの答えを用意する。 例えばヨーロッパの都市など

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