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参議院選挙に向う心構え2010”

あれほど世間を騒がせた政権交代から8ヶ月。早くも代表と黒幕の2枚看板が脱落、左程新鮮さはないものの新しい首相の下で参議院選挙が行なわれる。

各党のマニフェストが出揃うが、凡そは旧与党の自民党政権と内容が酷似していることに気付く。民主党と自民党が大きく異なるのは子供手当てと郵政民営化くらいである。

事業仕分けのお祭りの後は、いよいよ本丸?の消費税引き上げ論である。民主は2兆円を削って10兆円を吸い上げるか・・・しかも、自民党政権の主張に寄り添うごとき論調である。今後もイデオロギーなき舌戦が繰り広げられることにいささか憂鬱な思いがする。

選挙を前に少し整理した。

子供手当て

支給金額が問題となるが、子供は社会の財産と考えることは日本の未来を見据えることでもあり、政策としても重要となる。

今後の少子高齢化により、これから大人になる子供達の収入における社会保障費負担率は間違えなく上昇するであろう。2020年には65歳以上が人口の1/3を占める世界一の高齢化社会になるようだ。つまりは今後働く年代、現役世代の可処分所得は間違えなく減るということだ。ではどうしたら良いか?

高い付加価値を社会にもたらす必要がある。そのため現在の子供に、より高い教育を身につけさせる必要がある。これらが子供手当ての論理であろう。貯蓄が多く、お金を使う必要が少ない老人より、社会の宝物として社会により手厚く子供を育てる。主張する政党は、これからも続けることを声高らかに宣言する姿勢が肝要である。

郵政民営化

現在真剣に反対しているのは連立を組む小政党の党首だけではないか?しかし、参議院選挙後の民主党が過半数を得ても、また連立を組んだとしてもこの審議は国会を通過する様相だ。

局員20万票を得たいことも理由にあろう。しかし、ここまで民営化を薦めたのであれば時計の針を元に戻すことなく現経営陣にそのまま託せばよいではないか。あまりに勿体無い話になりかねない。

民業を圧迫することなく、今後も分社によりスリム化して自主経営を維持することが最も効率的ではないか?自由経済の洗礼を受けることもあるだろう。しかし、いずれは安定した経営により早期に上場し、株式売却で得たお金を国庫に入れる。また、赤字部門を再び国が管理することになれば借金はさらに膨らむであろう。事実を白日の下に晒しつつ経営の効率化を図ればよい。黒字に転換すれば納税すら可能な話となる。

法人税率引き下げ

賛成である。中小・零細企業においては率先して納税する事になれば財務は強化されよう。赤字会社が大幅に減ることは社会のメリットにつながる。大企業の場合、国際競争力の観点より国内と海外の生産拠点をつねに探っている。仮に国内で納税率が下がれば(一概には言えないが)海外に拠点を置く事を控える。大企業の多くは中小企業と相互依存する関係である。ゆえに、大企業を国内に引き留める意味は小さくない。

沖縄基地問題

現在の沖縄県民を代表する民意は、沖縄県民の負担軽減ではなく普天間基地の県外移転である。では、沖縄に住む人以外で自分の居住地域に基地が移転されるとする。こう考えると一体どうだろうか?沖縄県民80万人を日本国民1億人における少数意見とするか?否、看過できない由々しき問題がはらむはずだ。基地問題については、沖縄県民のたとえ少数意見でも尊重する立場の政党が望ましいと考える。

高速道路無料化

必要のない道路を作り、回収の見込みが立たないと判断するやいち早く無料となった道路がある。あきらかに計画の失敗を隠蔽する手段に高速道路無料化を利用したものであろう。

他の先進国を例にとると高速道路は無料が多い。しかし、日本の国土の7割が山林である。高速道路の大半は住宅密集地区を避けるように作られた。そのために道路を作るコストが跳ね上がった。このことが通行車に対し高い料金負担を強いる事となり利用の減少を招いたようである。

これまでの費用回収は一般財源から使用するより、やはりマイレージなど使用頻度により得るべきではないかと私は考える。そのほうが公平感がある!しかし、今後必要となる道路補修財源の確保は急務だ。無料化を続ける訳にはいくまいとは私の結論である。

観光については、公共機関に補助金を出し使用を促すべきと考える。現在のところは無料化に伴う財源支出は大いに抑えるべきである。

5年以内に消費税引き上げ

消費税は単純にインフレをターゲットとするには有効な策であろう。しかし、デフレ局面であれば消費を抑えるだけだ。個人所得の上昇見通しと安定雇用について更に言及すべきであろう。今後の日本は高度消費社会を自国内において構築する必要がある。現在1500兆円の個人資産が塩漬け状態であるところに問題がある。社会システムを練り直し、お金の流動化をまずは検討したい。財源確保よりまずは支出削減!有効な経済政策は当面、財政政策でなく金融政策と考える。

余談であるが、温暖化ストップ!二酸化炭素25%削減目標

ここのところさっぱりご無沙汰であるが、中途半端な目標ではなく一度ゼロベースで考えてみよう。すると生きている事がエコではないことに気付くかもしれぬ。そこで高度に文明化した社会でも取り組める、生存に必要な商品およびシステムが生まれるはずだ。それらが産業構造を変革し経済を牽引する。環境問題を重視する姿勢があるか否かを各政党に問いたい。

えびすだいこく100キロマラソン 2010参戦記-2

100キロ、半日近くの長丁場ともなれば気象条件が良いことに越した事はない。

「皆、前半は飛ばしていくだろう。あくまでもそこはマイペース!」

10キロを55分のイーブンペースで刻んでいくことを戦前のイメトレとする。しかし、過去の苦い経験ゆえウルトラは結果ではなく、レース内容にこだわるよう心に命じている。また時間が長いためかレース外での収穫が多いことも特長だ。普段の1日と比べれば感じることも格段多い!

さて、スタート直後から折り返し辺りまではとにかく楽しい。

わくわくしながら景色を堪能しつつ、ペースのあったランナーに話しかける!?

その時々の調子次第では甚だ迷惑な御仁もあろう。だが、そこはウルトラランナー!自分の調子を図ることのできるベテラン揃いだ。最低でも次のエイドまで付き合っていただける。

フルマラソンではありえないレース中のコミュニケーションもこの競技の魅力と考える。(ええェ、私だけ?)

しばらくは気分の高揚した状態が続く。

昨夜の麦芽系飲料によるアルコールローディングが効いてか、スタート直後2度のトイレ休憩を余儀なくされる。

それでも50キロ通過は4時間40分、まずまずのペース配分である。しかし、調子の良かった昨年と比べると足に早くも疲れを感じていた。

さて、今大会のため備えた練習メニューであるが、直近1ヶ月間の走行距離は330キロを数える。

LSDは最長で47キロ。続いて27キロ、18キロ、18キロ、1200メートル登山(鳥取大山5合目まで)に加えて25キロのトレイルをこなした。

特に私の弱点である昇りは意識し、強化したつもりであった。

しかし・・・60キロから5キロあるコース最後の急勾配で足の動きが鈍くなった。

勾配とはいえ300メートル級の山であればどこにでもある平凡な昇りである。大いに反省し来年のリベンジを心に喫す。

さて、65キロからの下りで突然、右足の小指に異常を感じた。

少しマメができたと感じる程度であったが、その後はフォームを崩さないよう着地に気を使う。

「小指のマメよ、良い子だからゴールまでしばらく眠っていてくれよ!」

坂道を下り切るとゴールまで平坦な道のりが続く。

それで安心したという訳ではないが、75キロの津の森エイドを過ぎた辺りで再び足に疲れが襲う。

宍道湖を沿うように走る直線10キロに70分を要した理由はエネルギー切れである。

しかし、平田市の繁華街に入る頃に少し回復してきた。

あと15キロ!

エイドのボランティアの方々から温かい励ましの言葉を頂戴する。また、昨日車を停めた場所、つまりゴール地点である「出雲大社の杜」を囲う山々が次第に視界に広がってきた。ゴールに近づきつつあると考えると、枯渇寸前であったエネルギーが沸々と湧き始める。「そいつは少々修行が足りない」と自戒すべきでもあるが、稀に悦びを純粋なエネルギーに変えると気分転換にもなる?

90キロのスプリットは8時間50分。ようやくいつものペースに戻る。

だが、順調に思えるたのも束の間、好事魔多し!95キロエイドのわずか手前で・・・

「痛い!」

見ると右足小指の付け根辺りから出血しているようだ。白いシューズからうっすらと血が滲んでいる。時計の針はあと40分ほどで10時間を経過する。

「残念!このたびはタイム更新を諦めねばなるまい」

事実を受けとめようと一応促してはみるが、本音はこのままでは終わらないぞと気張っている。

靴を脱いでみると靴下が赤く染まっていた。

5年前の初ウルトラ挑戦の記憶が脳裏に蘇る・・・

ゴール手前10キロで靴づれを起こし、それ以降は靴を手で持ち片足は靴下のまま走り続けた。

Img_1065_2

<右手に持つのは靴である。鬼太郎のリモコン下駄のパフォーマンスをしている訳ではない>

 「歩くとするか!今回はあの時の半分!!」

一旦その場で座り込み、ゼッケンを留めた安全ピンをはずすとマメをブスブスとつぶし始めた。その間数人のランナーより「大丈夫?」と声を掛けて頂いた。

そのたびに「先を急いください。私は大丈夫です!」と答える。あまり目立つようではレース中のランナーに迷惑がかかると考え、少しコースからはずれたところで治療していた。(爪と爪の間にできたマメのため時間が少々かかった)

すると、背後から長身ランナーが覗き込む。

「靴づれ?これを使ってください」

ポーチからバンドエ○ドを取り出し渡してくれた。その時の私にとって他の何よりも必要な物であった。

「有難うございます!」

おや、ゼッケンをみれば遥々三重県から参加のピアノ調律師さんだ。

覚えやすいゼッケンと私と縁の深い職業のため、レース前よりお会いしたいと考えていた方であった。その場で感謝を述べ、ゴール後の再開を約束する。

音楽家かつマイスターでもあるピアノ調律師と汗のイメージが見事に被らなかったが、精悍なマスクとアスリート体型を拝見し思わず納得?その後は初ウルトラを見事なタイムで完走された。お疲れさんです!

安全ピンによる執拗かつ無茶な治療が功を奏したか?かろうじて靴をはける状態になる。

その後は痛む足をかばいながら歩きと走りを交互に繰り返す。次第に痛いことが当たり前に思えてくる。すると痛くないのが異常だと思うから不思議だ。適度な緊張感が身を包み込むことでフォームは改善され、おまけに呼吸を整えることもできた。思わぬコンディションの改善により、消えかけていた闘争心に再び火が灯る。

ゴール前ではスタッフが太鼓を鳴らし、マイクで一人一人のランナーの帰還を称える。

「ランナーが帰ります~」

松林が並ぶ大社の沿道が一瞬、ランナーの花道になる。応援の歓声が、鳴り止まぬ拍手が暖かく身を包む。

ゴールまでの数百メートル、勿体無いほど至福の時間、ずっとこのまま・・・

そしてゴール!

「大勢のスタッフの皆様と沿道で応援していただいた皆様に感謝!おかげ様で7回目のウルトラも無事、完走できました。途中のアクシデントは、むしろウルトラマラソンらしくて良かったとも考えます。これでまた一つ印象に残るレースが増えました。」

1日を共にしたランナー達とは、温泉旅館の大広間で入浴後くつろぎながら談笑する。これもスタッフの心づくしのもてなしである。

そして、それぞれが普段の生活に戻るため家路を急ぐ。

「それでは、来年!」

あちらこちらからこの言葉が聴こえてくる。

これがえびすだいこくマラソンの締めの言葉となり久しい。

えびすだいこく100Kmマラソン 2010参戦記 -1

親指と見間違えるほど膨らんだ右足小指の腫れもようやく治まり、普段どおりの歩行ができるようになる。しかし、時折脈打つ指先を襲うかすかな痛みが7日前に参戦した大会を記憶の中から呼び起こす。

去る2010年5月30日。4回連続となる、えびすだいこくマラソンに参加する。

この参戦記は出張先に向う電車を待つ間に書いているが、ここまで多くの走友、またこのたび初めてご縁を頂いたランナーの熱いブログを拝読してきた。

それらは一様に心の感じるままを力強く書き進めているので、言葉より自らの命を鼓舞する躍動感が伝わる。

それは心の歩行とでも呼ぶべきか、その時感じたままの気持ちをそのまま綴っているようにも感じる。それほど自然な気持ちで読ませて頂いた。

それぞれが走り切った100キロメートル。

何を考えゴールを目指したか

また、ゴールして何を得たか、感じたか・・・

走る前と走り終わってからでは必ず何かが変わっている。

肉体の変化?肉体は生存している限り化学変化の連続、当然変化している。

では心の変化?

それは元々変化したかったから?それとも結果的に変化したことに気付いた?

いずれも正しい。変化こそ必然であろう!

その動機こそ人それぞれであるが、変化を求めない人はこの競技に参加することはないのではないか?

始めと終わりがはっきり分かるのが、マラソン競技でいえばウルトラマラソン!

これに取り付かれたら最期、みるみる自らが描く自己像を目指し、更なる長距離走に向う人となる。

人呼んで「マラソン道!」

一場の夢、幻とも言えるこの浮き世を、他人に頼らず自らの力で走り抜けるための術にもなろう。

さて、前置きが大いに長くなったが、これからはレースを綴る。

土曜日、仕事を抜け出し車でゴール予定の出雲大社に向う。家からここまでの道のりは180キロメートル、この距離は一体近いのか遠いのか?

大会の走行距離を思うといつも複雑な想いに駆られる。また、しばしばトリップメーターを見て10キロはこのくらいで、50キロはこんなもの・・・などと車で過ぎた道の記憶をたどりながら走る自分に置き換えてみたりする。この遊びは愉しい!

車窓から見る山々は、初夏を彩る緑の濃淡が実に清清しく映えて美しい。あの濃い緑は針葉樹。悪の元凶、杉花粉の元とはその時不思議に思わない?

さて、出雲大社に着きかけた頃は、紅色の大きな太陽はすっかり山の背に落ちかけていた。

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ゴール地点の駐車場に車を停めると、他府県ナンバーの車が並ぶ。明日走るランナーのものであろう、整列した車のナンバープレートがその時不思議にゼッケンに見えてしまう?

松江駅に向うため私電に乗り込もうとするが、いつもと様子が違う。

見慣れた古びた電車を背景に、観光客らしき人が一様に記念撮影を繰り返す。

「???」

なるほど、そういう理由か!近日ロードショーらしい。

今日だけ得した気分に浸り、おまけに記念撮影までしてしまった。

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しかし、ダイヤの都合で1時間半も待たされ、おかげで血圧ならぬ血中アルコール濃度が急上昇!いきなり3本も飲ってしまった!!

ホテルでは2本のビールをごはんとおかずとともに流し込む。おかげで9時には就寝、翌朝2時までぐっすり眠れた。

会場に着くバスでは国営船乗りの方とご縁を頂く。2年おきに転勤があり、しかもいつも2ヶ月前に辞令を言い渡されるためレースの出場計画が全く立たないとのこと。2週間程度陸に戻れないのは当たり前、加えて30ノットの船(約60キロ)に乗船しているため最近腰を痛めたなど苦労話を頂く。こうしたハンディーを乗り越えスタートラインに立つ男の横顔は海の男らしく凛としていた。

会場に入り受付を済ませてその後、大きな控え室に入り着替える。そこでは懐かしい面々との嬉しい再会が待っている。

「よー、一年ぶり!」 

「また来たの?変態」 

時を忘れ談笑する。まさかの話題によもやの職業!

また、会話を通じお互い共通した知人を持つ事に度々気付く事も競技人口の少ないウルトラマラソンならではだ。

しかし、以前に比べると競技者に若年が増加している。

フルマラソンに比べれば年齢層が高いウルトラマラソンであるが、高齢化に若年層が加われば一大ブームを巻き起こす事は必至であろう。

さて、スタート地点での記念撮影後、号砲とともに330人がスタートする。

今回は過去4度の大会でも最も気象条件が良かった。私以外の常連も口をそろえるところを見ると間違えないだろう。午前中は日差しがあたらず、半そでのウエアでは肌寒かった。また、昼からは日差しこそあったが乾いた空気が汗をタオルのようにぬぐってくれる・・・初夏というより初春の陽気であった。                         

                                            つづく

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