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平常道の道険し

『無事、有事の如く、有事、無事の如し』何時、いかなる時でも泰然自若の心構えが求められる。有事が起きた時に狼狽しないことは、普段から平常道を踏むことに余念なきことが必要であろう。

誕生日を迎える月は人間ドッグの世話になると決め、早いもので10年が経過する。

過去に心配するほどの病気もなく、またそれほど悪い指摘を受けることもなかった。

貧血、総コレストロール異常低値、BMI低値(-9)という3つを異常と指摘され続けてきたが、いずれも思い当たるところが大いにあり、まさに走る生活習慣病(症状)と少々誇らしくも考えていた。

さて、この月初に済ませた人間ドッグのことである。

今回は報告書が届くまでの間がいつもより長いことに気付きつつ、日常に忙殺されていたためそれほど意に介することなく時が過ぎた。

しかしつい10日ほど前、普段とは様子が異なる分厚い診断書が手元に届いた。

手触りによりCD類が一枚入っていると推測した。

気になるのでその場で開封、すると・・・

要精密検査 

上部消化菅X線検査による胃噴門部粘膜ひだの集中像疑い、陥凹性病変の疑い

(注意!この文言で検索されて初めてサイトをご覧になった方、今すぐ病院を予約し、それから続く文章を読んでください。)

一瞬、胸が締め付けられる思いがした。また、心臓の鼓動が高まる。

衝撃の後に生じる感情といえば、やはりネガティブが自然であろう。

診断書に書いてある文言を幾度となく繰り返し読むが、実におぞましい。

一瞬にして、読む人を恐怖の淵に陥れる寒々とした言葉の羅列・・・

初めて遭遇する言葉に対し、出来る限り想像力を駆使して内容の解釈に務める。

しかし、理解しようとあがくほど負の解釈となる!

もともと健全な健康状態にあることに拘わらず、次から次へと妄想が心中に去来する。

私が炭酸系アルコールが大好物であること、香辛料をこよなく愛すること、辛い物が大好きでキムチに七味をかけて食べること、イカの塩辛が好物であること、子供のころチクロ入りジュースを大量に飲まされたこと・・・あれやこれやと思い巡らす。

挙句は、全く症状がないことに焦りすら感じていたのだ。

どうして症状を見抜けなかったのか?それほど自分は痛みに対し鈍感であるのか?

自分を責める次第である。

その夜、ネットでこの症状につき知識を得ようとパソコン前に座る。

しかし、見終えた後はすっかり気分が悪くなっていた。

寝苦しい一夜を過ごす。

さて、あくる日の朝一番に病院に向う。

その日、医師に対して全く症状がないこと、過去にも思い当たる事がない旨を伝える。

内視鏡検査が1週間先と決まった。

その後の1週間は、それこそ腹が煮えきれない状態であった。

『『病名をつけてもらうために病院がある。だからきっと何かの病名がつくはずだろう。』

その何かは、今の自分に分からない。

得体の知れないものかもしれない。また、当たり前にあるものかもしれない。

いずれにしても、病の名前がつけば安心するであろう。

また、何もないかもしれない。勿論、それに越した事はない。

『病であれば闘おう!どんなに辛くとも逃げる事はできないのだから。』

繰り返し考えることで、心の準備をしていたようだ。

さて、前置きが長くなったが結果である。

『異常なし』

胃カメラが移しだす我持ち物でもあるホルモンは、見事なピンク色をしていた。

若い医師は私の胃の中を宇宙旅行のガイドのように丁寧に説明する。

そして、この度疑われた理由について、人間ドッグのCDをパソコンで開けながら解説を加える。

要するに元々あるシワが犯人であった。それが胃の入り口にあることにより病の疑いをかけられたようだ。

病院から開放され、日常の業務に戻る。

胃カメラの苦痛など何もなかったかのように椅子に座り、大きく吸った息を吐き出す。

また、昨日と同じく仕事に向う。

この10日間を振り返る。

確かに、今回の病の疑いは晴れた。

個人的見解でいえば、最も良い結果であったといえよう。

しかし、私の医療に対する信頼は少し揺らぐこととなる。

結果、疑わしきものを見逃す可能性についても考えざるを得ない。

従って、健康維持のためには自己管理が大切であることを身にしみて感じる。

人間ドッグは、それらを履行した上での保険とみなすべきであろう。

頼るべきはやはり、この我が身一つであった。

病気は早期発見が必要である。

だけど、病気になる時は病気になる他ないのである!

最後に良寛様の災いから逃れる妙法を紹介したい。

災難に逢う時節は災難に逢うがよく候

死ぬる時節には死ぬがよく候

いつか訪れる病や死に心が捉われないようにするためには、

いつでもこの心構えでいる必要があろう。

さあ、仕切り直して今夜は一杯飲むとしよう!

石見空港マラソン参戦日記―② 10/17/2010 

万葉公園駐車場より、会場のある石見空港までシャトルバスを利用する。待つ人の列はまるでエアバスの機内、どこが最後尾なのか・・・果てしなく続く。

随分昔に見送ったはずのバスが戻ってこない。

バスを待つ人も、いよいよ会場の受付時間を気にし始めていた。

苛立ちを覚えつつも、シャトルという言語に時間推移が含まれない事を今回初めて学習できた!(いつかは戻ってくるバスをシャトルバスと呼ぼう!)

シャトルバスの話題で同年代らしき男性と語る。話が進むと自然に周囲のおばさんやおばあさんまでがこちらの話題の中に入りこみ、和気藹々の和やかムードが拡がる。

『この地方の人は人懐っこい!』感心しきりであった。

ようやく戻って来たシャトルバスに乗りこみ、椅子に腰掛ける。

すると、たった今まで会話をしていたその男性は私の座った場所を素通り、し最後部座席に座り込んでしまった。

また到着後に下車して彼を待つと、こちらには関心ない素振りで一人群集に消えていった。

『残念、折角友人になれそうであったのに・・・こちらの人はシャイな人が多いのか。』

評価が次々と変わったが、結局一抹の寂しさだけが残る。

さて、空港に着くと周囲におびただしい数の出店や露店が並ぶ。

テレビ報道も、熱心に参加者にカメラとマイクを向けていた。

地元高校生をはじめ、大勢のスタッフによる誘導により難なくテントで着替えを済ませることができた。

搭乗口まで歩き、屋上管制塔横の見送りデッキから広大な空港を見渡す。

『たしかに空港である。滑走路は2キロ程度あり、整備されている。だけど、飛行機の姿が一機たりとないが・・・』

不思議な光景でもあった。

しかし、この日の空港は閉鎖されているのではなく、たしかに営業中であった。

東京便と大阪便が1日それぞれ1往復。

朝出発すれば夕刻まで飛行機の離発着がないことから、この大会が開催されることになったようだ。

まるで朝のシャトルバスではないか!?

しかし、来年より大阪便が廃止されて東京便1便だけとなる。

空港の将来を考えると、この大会が今年限りではないかと語る人もいたが、国税の無駄を指摘する声はこの日に限り?少なかったようだ。

営業中の空港ターミナルおよび見送り用デッキにウエア姿のランナーが徘徊するのも不思議な光景である。

稀に乗務員らしき人とすれ違うと、むしろ制服姿に違和感を覚える。

空港はランナーに完全占拠されてしまったかのように見えた。

映画『ダイハード2』を連想したのは、この私だけだったか?

さて、レース開始である。

ハーフマラソンの部に出場する1.000人を超えるランナーが滑走路に一斉に並ぶ。

競技説明を関係者より聴く。

最後にJALのクルー(スチュワーデス)が壇上に上がり、『私たち乗務員がエイドで精一杯給水させて頂きます!』と話された時、参加者一同よりどよめきが起きた。その後、皆で手を叩き合い喜んでいたが、私もその時は感動すら覚えていた?

スタート3分前に、今年の世界選手権代表選手でもある加納由里さんが颯爽と登場!

最前列に並び、品の良いストレッチを始める。

小柄だが、筋肉質な方であった。また、運動神経のある整った顔をされていた!?

号砲が鳴る。

滑走路は広いため、スタート当初から自分のペースで走ることができた。

加納さんが目の前にいたので、今日のレース予定を聞いてみると、『50秒で入りま-す』とのことだった。

私の本日の目標は『前半の10キロを4分で走りきり、後半は4分10秒以内でなんとか粘リきる』としていたので、とりあえず加納さんの後に着いて走る事とした。

しかし、滑走路を走る2キロメートルで早くも見失う。

それでも現役トップクラスランナーの迫力ある走りをしっかりと記憶に留めた。

また、ストライドは軽く1メートル近くあり、バネの良さが印象に残る。

彼女には今後、世界制覇を狙って欲しい!

さて、ラップである。

5Km   19:57‘‘ 

10Km   41:16‘‘

中間    44:08‘‘

15Km   63:13‘‘

21Km   91:41‘‘

5キロまではOK!しかし、10キロまででペースダウン。

中間点から始まる1.5キロの緩やかな上りで完全に足が止まる。

それ以降、急に内蔵の不具合が生じてさらなるペースダウン。

沿道の勿体無いほどの暖かい応援がなければ、どこかで歩きかけていたかもしれない。

それほどバテバテの状態でかろうじてゴールした。

最後の坂道でJALクルーから念願のスポーツドリンクを頂戴できた!

しかし、総括すると内容に欠けるレース展開となってしまった。

気を取り直して着替えると、出店でしっかり腹ごしらえ。

郷土料理の猪なべや鮎塩焼きをおかずに、新米のおにぎりをほお張る。

新米は甘みがいつまでも口に残り、格別に美味しかった。

満腹になると会場を後にすることとしたが、例のシャトルバスである。

期待を裏切らず一向に訪れる気配がない!

従って駐車場までの3.5キロは、レースの反省をかねて走ることとした。

遠方には、つい数時間前に走リ終えた道が見える・・・

今日、この1日が世界の歴史に刻まれることはあるまい。(当たり前のことだが)

しかし、自分の生きる道のりでいえば、足跡を残したことに間違えはない。

無駄な努力、無為な1日などありえない。

不発で終わった結果こそ、探せば何かしら重要な意味が隠されている。

それこそ未来につながる布石となるに違いない。

途中の温泉で疲れた体をほぐした後、徐汝にではあるが力が甦るのを感じた。

さあ、明日から鍛え直してやる!

防府読売まで、残すところあと56日。

石見空港マラソン参戦日記-① 10/17/2010

今年の記録的猛暑の下、予定通り練習量が確保できたことは何よりの収穫であった。

また、スピード練習を多用したが、幸いなことに故障が起きなかった。

前走のえびすだいこく100キロマラソンより5ヶ月が経過。

万全の自信を携え、記録更新の期待に胸を膨らませつつレースに挑む。

会場の石見空港まで車で約2時間。中国道戸河内ICを降りると、その後はR191をひたすら北上するコースである。

この道は途中標高1000Mの山越えがあるため、スキー場が随所にある。

冬は積雪1メートルを超える豪雪地帯となるため、この道を自由に行き来できる期間はごく短い。

また、大自然を貫通するため実に多彩な動物の姿を見かけることができる。

昨年の夏は、驚く事に真昼に道路を横断する一頭の熊に遭遇した!

その時さすがに唖然としたが、体長1Mほどの小熊を3分間程度、しっかり見ることが出来た。(実はそれ以降、トレイルのため山に入ることが怖くて仕方ない・・・)

さてこの国道であるが、私は普段でも仕事で度々利用する。

夜中の12時を過ぎると複数のたぬきときつねの群れを、必ず見つけることが出来る。稀に猪、数匹の行列にも出会える。

そのため、地元人もしくは事情をよく知るドライバーであれば、夜中は決してスピードを出すことはない。

この日、峠を通過した時間は朝の8時。

高速を降りてから約20キロ、その間に目撃したのは、たぬき4匹、きつね1匹、てん(いたち)数匹。

しかし、誠に残念なことにいずれも車に轢かれ哀れな姿を路上に晒していた。

狸にいたっては、ちょうど車幅の間隔で見事に引き裂かれた2匹が横たわっていた。

おそらく夫婦、もしくは親子ではなかっただろうか・・・

その横にはカラスが早くも歩み寄る。ここは自然界の厳しい掟が容赦しない。

しかし、生物多様性が取りざたされる今日この頃である。

絶滅の恐れが無いからといってこんな仕打ちが許されてよいのだろうか?

胸焼けがするほどの不快な想いで、動物たちの被害現場を次々と立ち去る。

『南無阿弥陀仏・・』

閑話休題、再びレースの話題に戻る。

『調整に死角無し、スピード練習の成果をいざ試す時が訪れた!』

ここは、今年の本命レースと位置づける防府読売マラソンへの自信に繋ぐべし。

繰り返すが、なんとしてもこの度は内容の伴う好成績を納めたいところであった。

ようやく高台にある万葉公園パーキングに到着。

この公園をこの度初めて知ることとなったが、オートキャンプ場もある巨大な敷地であった。

また詩人、柿本人麻呂にあやかる公園でもあるようで万葉の花咲き乱れる古代ロマンを満喫できる場所との印象も得た。

眼下に広がる日本海は、見渡す限り太陽の乱反射に照らされて、眩しい限りの藍色を映しだす。

雲一つない紺碧の空を見上げ、思わず深呼吸をする。

『あ、生きているんだ。』

我が身のほとばしる命の力を久しぶりに感じることができた。

『さあ、今日は頑張るとするか!』

                                              つづく

旅日記

一年ぶりに訪れた国は、益々活気に溢れていた。

目抜き通りは人波で途切れることなく、雑居ビルは客で埋まり、店員は目が回るほどの忙しさである。

オープンカフェや食堂の前はいつも人だかりができる。

百貨店には、白人、アラブ人、黄色人種、インド人などが大挙押しかけ、抱えきれぬほどの紙袋を手にショッピングに興じる。店内にいる人々の様子は、まるでイケスの魚をたらいに移し変えたかの如く、興奮して見える。

自動車の所有に価格の3倍もの税金を課すにも拘わらず、日本では決してみることのできない高級車やスーパーカーがあちこち並ぶ。

街中がこの世の春を謳歌しているようだ。異国からの訪問者にも熱気が伝わる。

人々は、この街の自由で明るい雰囲気を実に愉しんでいる。

また、その一員であることを誇らしく感じているらしい。

道行く人すべてに、躍動感を感じる。

シンガポールには、世界中のマネーと人、物資が集まる。

赤道直下の国、第二次世界大戦中は日本も占領したことのあるこの国がバブルに沸く。

勿論、光あるところに影がある。

治安の良い国との触れ込みであるが、実際に窃盗事件は少なくないらしい。

また、富裕層が増大する裏に貧困層も増えているようだ。

階級社会による視線は、社会的弱者にとりわけ厳しい。

この国は拝金主義が深く根ざしつつある。

いたるところ胡散臭さを感じる。

しかし、観光目的で数日の滞在を過ごすのであれば、これほど都合の良い場所はない。

トランジットとしての活用であれば西は中東ドバイから東は韓国に至るまで、7時間以内の移動で飛行機が結ぶ。

そうした地の利もあるが、そこは世界屈指のハブ空港である。

便宜性において比類なきサービスを誇る。実に使い勝手が良い。強みの上に、さらに強みを築く考え方であろう。

また地下鉄網は充実しており、市内の移動で不自由することはない。

タクシーも拾いやすい。初乗り200円は破格ともいえる安さである。

これは観光立国を標榜する所以であろう。

ベイエリアにはUSJにも似た、セントーサ島と呼ぶレジャーランドがある。

また、もしゴルフ好きであればここは楽園であろう。

狭い国土に拘わらず、いくらでも美しいコースがある。しかもベイエリアに現在でも続々と着工しているから凄い!

なんでも海岸を埋め立てた後、土が落ち着くまでの間はゴルフ場にするようだ。日本では考えられないほど贅沢な話しといえよう。また、ゴルフ場は暫くすると高層ビルに変わる!この国のしたたかさが透けて見えよう。

食べ物はマレー料理、インド料理、フィリピン料理、タイ料理なんでもあれ。加えて、そこは元々が華僑のお国柄、中華料理は絶品である。

グルメにとって、これほど魅力溢れる場所はあるまい。

赤道直下、未開のジャングルの地を開発して僅か150年。

淡路島程度の面積の島に現在470万人が暮らす。

こうした国作りにおいて、我が国も見習うべきところはあろう。

最近では、観光誘致に頭を痛める各地行政の長がこの地に足しげく通うと聴く。

しかし、150年程度の国の歴史と、2000年以上の単一民族の歴史を持つ国とはフレームが根本的に異なる。

ここは役人さん、付け焼刃的な発想はお避け願いたい。

シンガポールは多様な文化が多種の民族と共に入り混じり、それらが見事に整理されている国である。

一言でいえば『旬のいいとこ取り!』

この国の魅力は、この辺りにあるようだ。

しかし、ビジネスマンとしては経済の伸長著しい東南アジアおよびシンガポールは当分の間、目が離せそうにない。

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ラッフルズホテルでシンガポールスリング?いや、定番宿で一人、地ビールを手に乾杯!

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朝10キロのジョグはいつ、どこでも欠かさず!後に見えるはまーさんライオン?

12月のシンガポールマラソン、地元でも年々大フィーバー、沿道にはランナーの姿がやたらに目立つところは日本と変わらず。このチケット、実は最初4000円、それが次第に2倍、3倍になるシステムとか・・・また、権利を売る事も出来るところが凄い!ツアー会社は中位の値段で仕入れるとか。

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海上に立つホテル。おや、ここにも宮島が?

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F1を照らすサーチライト。スタジアムで観戦するチケットは¥200.000で即日完売とか・・

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カジノのあるホテル123は今年竣工。屋上には宿泊者のみ使用できるプールがある。

ビルの上に船が乗る!屋上から市内を見物するが、勿論素通り!

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カップルや家族連れでにぎわうセントーサのビーチ。ここでも缶ビールは手放せない。

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