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第60回大竹駅伝競争参戦記

10人以上のランナーに気持ちよく抜かれる間は、言い訳ばかり思い浮かべていた。

『自分の得意は長距離。今走っている自分は、路上で練習中に道を誤り高速道路を走らされている姿・・・』

また、『一緒に走っているランナーは私と異なり先天的俊足の持ち主?』

そんな風に考えることで、追い抜かれる時に味わう心の衝撃を和らげようとしたかもしれない・・・

1月9日は第60回大竹駅伝競争大会に地元ランニングチームより初めて参加した。

天気は好天に恵まれた。日中の気温は8℃。暑すぎず、また寒すぎずである。

しかし,中継所で待つ仲間サポートの人達にとって決して好条件とは言いがたい。

寒風の中チームの選手を待つ仲間にも、ここは熱走により寒さを忘れてもらいたい。

このコースであるが、5区間、23.6Kmを一般39チームと高校生および中学生チーム各30チームで競う。高低差30メートル、コースはほぼフラットである。

1区から5区までの距離は5.9Km、2.8Km、5.9Km、5.5Km、3.5Km。

私は繰り上げ区間の係る3区を任された。

メンバーが集まり朝のミーティングである。

私の所属するチームは約30年の歴史を持つ。伝統あるチームにありがちな、構成員の高齢化問題を抱える。故障者が続出した事情も背景にあるが、当初予定していたメンバーとかなり異なる編成により今回のレースに臨むこととなる。ベテランランナーに続けて駅伝に参加して頂くためにも、若いランナーの加入は必要不可欠である。

さて、1区を走るチームメイトは1キロ3分が期待できるスピードランナー。

2区は今回初めての出走であるが、大学時代にはボート部で鍛えた経験を持つスポーツマン。スタミナよりは短距離に自信がある様子が言葉より伺える。

この度の私の役割は3区。3番目のランナーとして14.6Km地点を1時間以内で走り抜けることである。

ここで1秒でもオーバーするとたすきはつなげない。

『1区で充分な貯金ができるはずだ。しかし、責任ある区間のため不安も少々ある・・・』

しかし、そこは長年のランニング経験を有する監督である。実に冷静な判断をしていた。

『Nさんはとにかく1キロ4分で走ってください!前走した防府読売の最初の5キロの入りなら出来ます!』

私のレース記録までデータ収集されていたことに、驚きを隠せなかった。

談笑を交えたミーティングを終える。2区、4区、5区のランナーは大会関係者の1次コールを済ませた後、それぞれの中継点に向う。(1区と3区はスタート地点)

バスに乗り込む前、選手同士でお互いの健闘を誓う。

特に初めて駅伝に出場するメンバーには張り詰めた緊張感がある。それが自らの闘志を掻き立てる。

レースは60回大会の伝統の重みを感じる雰囲気で始まる。

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(白バイの服装が黒いためか、やけに時代を感じさせる画像である。ところで3億円強奪犯人知りませんか?)

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午前11時号砲!

1区を任されたスピード自慢のランナーが一斉に飛び出す。

先頭を走るランナーはやはり凛として映る。

正月にテレビの前で釘付けとなった様々なシーンを彷彿させる。

2区のランナーがスタート地点に戻るまではジョグにより汗を流す。息子のような年代でもある高校生のスピードに幾度ともなく目を丸くした。

暫くして1区間の結果が大会関係者より伝わる。

我チームのエースは予想通りの快走であった。一般39チーム中、12位で2区につなぐ。

5.9キロをなんと、20分前半で走りきる!

レースの始まる直前のことである。二人で並んでアップした際に、彼から股関節に故障があることを聞かされる。心配したが無事に走り終えたことでひとまず安堵する。

(レース後、痛み止め薬を服用して走ったことを聞き、再び驚くこととなる。)

2区の新人ランナーも、さすが草食ならぬ体育会系男子である。2.8キロを10分前半で走りきる。ナイスラン!

さて、いよいよ自分の出番である。

たすき掛けて無我夢中で目前の走者を追いかける。

かなりの接戦であった。これは少しのスピードの差が大きく順位を下げることを意味する。

最初の1キロを過ぎたころから次第に追い抜かれ始めた。

一人、また一人・・・

中間点を過ぎたあたりからは、集団に追い抜かれるようになる。

『えー スピードが違うぞ!いや、一体自分の調子が悪いのか??』

細かい距離表示がないため自分の正確なペースが掴みづらい。

あまりにも追い抜かれるので冷静さに欠けた走りになりかけていた。

そこで思い付く。

『駅伝は短距離、ピッチよりストライド走法が有利!』

歩幅を頭で意識して、少しでもつま先が遠くに届くよう心掛けた。

また、腕振りを強め前傾姿勢をとる。

しかし、非情にも後続ランナーに抜かれ続ける。

10人程度までは覚えている。そこから先はカウントすらやめた。

『このままではいけない!』

長丁場のマラソンでは、途中で抜かれることは気にならない。

ゴールすることが最も肝心なことであるからだろう。

しかし、駅伝は団体競技である。

個の力を最大限発揮し、集団の中で与えられた役割を精一杯演じる必要がある。

また、たすきをゴールにつなぐことをまずは目的とする。

さて、5キロ地点である。

少しペースが上昇してきた。

あれほど息が上がっていたのが次第に楽になり、それに連れペースが徐々に上がっていった。

調子の良い時のランニングフォームに戻ったためであろう。

肩の力を抜いたと同時に、体にかかった負荷が軽くなった。

『よし、追撃だ!』

最後に抜かれたランナーを少し追い上げた気がする。

しかし、完全に追いつくためには距離が足りなかった。

ようやく4区の中継所が見えてきた。

手を振って待つ仲間の姿が次第に大きくなる。

そしてたすきを渡す。

『来てくれると信じてたよ!』

走りながら仲間の背中を手で押して一言。

『派手に抜かれたから、後は頼むよ!』

たすきを無事に渡すことができた安堵感が胸一杯に拡がる。

タイムを見れば24分を僅かに切っていた。

『まあ、この程度か・・』

足の疲れこそなかったが、普段より心拍数を上げたため肺が苦しい。

少しゆっくり歩きまわり呼吸を整える。

すると、仲間が預けていた私のタオルとコートを持って来てくれた。

『お疲れさんでした!』

寒いところ1時間、ずっと待ち続けた彼に感謝しきりである。

さて、大会関係者より繰上げスタート5分前のコール。

6人程度が心配そうに、仲間の到着を伺う。

一人、また一人たすきを繋ぐ。

しかし、非情にも時は流れゆく。

やがて、制限時間の12時が訪れる。

最後に残った2名が、別の色のたすきをかけて繰り上げスタートをした・・・

その後はサポートの方とバスに乗り込み大会本部会場に到着。

すでに仲間はゴールし、大会は終了していた。

総合順位は一般39チーム中28位とのことであった。

本部会場前では、地元ボランティアの方々がとん汁を振舞ってくれた。

具がたくさん、しかも味は絶品であった。

冷えた体と空腹を充たし、また走リ続ける元気が甦る。

最後に、子供のころに教わった算数の公式を思い浮かべた。

距離=速さ×時間

走ることに関していえば、ここまでの私は次なる解釈に務めていた。

『速さが一定であれば、時間を延ばせば良い。時間を延ばすということは、距離が伸びるということ。すると、その距離において相対的に早くなる』

つまり、長距離を走れば走るほど特別な速さの必要性は薄れると考えてきたのだ。

事実その証拠に、これまでは幾度となく機会があれど駅伝の参加を見合わせてきた。

現実的選択とはいえ、弱い部分を露呈させたくなかった気持ちが透ける。

『本当は早く走りたい!そしてトラウマを解消したい。』

先の数学の公式は、重力のかかるこの地上においては今のところ定理である。

このたびも、定理をひっくり返すことは出来なかった。

『やはり、短い時間でも速く走れば距離も伸びるのか・・・』

溜め息交じりにつぶやく。

『来年こそは少し追い抜かれないコツを覚えるとしよう!』

いかにも消極的な誓いであるが・・・とにかくやるしかない!

感受性を鍛えよう

生きる時間には限りがある。

だから間延びした生き方に疑問を持つ。

しかし、実際は秒読みであるのに拘わらず、ついつい明日があるとか、まだ直ぐには死んだりしないだろうと考えてしまう。

緊張感の持続は難しい。いや、頭で考えて出来るものでもない。

時間を越えるには、たった今、この瞬間に没頭する生き方しかない。

無意識に現在を生き抜くことで、時という概念を越える。

それは意識として先に捉えることではなく、感情を優先とすることであろう。

その感情は人間に備わる五感を基とする。

そして感情とは、言わずとも知れた喜怒哀楽。

その感情に付随する行為とは笑うと泣く、この二つ以外に全く意味がない。

五感に働きかける行為だけ感情を招く。

そこに意識を邪魔させてはいけない。

何故なら、凡そ若くはない大人の意識はマイナス思考である。

過去の失敗、敗北、挫折の経験が素直な感情を阻害する。

すると、感情まで届かずに意識の中で物事が処理される。

加齢とともに感動が薄れるとはこうした心の働きではないか?

まず、意識することをやめ、自分の素の行動を支持しよう。

そして自分の感情を信じよう。

また、心にブレーキをかけて行動することはやめよう。

ストレスが引き起こす悲劇はいつも痛ましいものだから。

人生とは感じることである。

感じることなくして人生とは言えず。

2011年スタート!

除夜の鐘とともに新しい一年がスタートした。

鐘の音とともにすっかり身も心も刷新され、何もかもが新しく感じる。

誕生とは、かくも新鮮な感動を伴うものかと・・・

また、1年の経過とともに、この世からの退場が着実に近づきつつあることも合わせて感じる。これは、ささやかなる我人生を少しでも意義あるものとしていくため必要不可欠なことでもある。

とにかくここは見聞きするもの、身、心に至るすべてを真新しく感じたい!

お正月を一年の区切りとする慣行に、改めて感謝したい。

一年の計は元旦にあり。

前日、大晦日もやはり走ったが、今年も走る!

そういう訳で走友S氏と待ち合わせ、日頃の各々のトレーニング場所でもある山でご来光を見ることにした。

6時、凍てつく寒さの中、二人は標高314メートルの山、鈴が峯に向う。

しかし、いくら走ってもちっとも体が暖まらない。耳や足に寒さにより突き刺すような痛みを感じる。

外気温は氷点下3℃である。

空を見上げると雲がなく、月と一番星がやけに眩しい。

回り道をしたため、登山道入り口にたどり着いたのが日の出直前となっていた。

東の空は朝焼けにより朱色に染まり始める。

多島美を誇る瀬戸の島々のシルエットが、よりはっきりとその姿を晒す。

二人はあわてて山道を駆け上がる。しかし、さすがにS氏のスピードには着いていけない。

富士登山競争二桁の実力を見せつけられる。

『今年の運を賭してでもご来光には間に合いたい!』

寒風の中ひたすら山道を駆け上がる。

息がはずみ、汗が流れ落ちる。

しばらくして先に着いたS氏、

『どうやら間に合ったようですね』

そこにはすでに50人程が、寒風の中でひたすら一年の誕生を待ち受けていた。

そして、いよいよご来光である。

一瞬にして、躍動するエネルギーを全身に浴びる。

その後は刻々と変化する太陽の形を見つめる。

器を逆さにした形から、はっきりとした円になるまで1分程度であったか、

まるで子供がこの世に誕生する時の気持ちに似た感動を覚えた。

地平線でなかったため、その後日差しは正視するに耐えられなかったが、それでも美しかった。

その眩しさの中、居合わせた人は様々なアクションを摂る。

じっと手を合わす人、万歳をするグループ、カメラに収めようとレンズを見つめる人。

それぞれが一瞬に無限を求めた。

感動は時とともに失うものである。

しかし、消えてしまう訳でない。

いつも感動を忘れずにいるためには、やはり日々、心を新たにすることだ。

そんなことを考えつつ、15キロの山地トレーニングで一年がスタート。

因みに、その後3日間続けて同じ場所にてその日のご来光を愉しんだ。

さあ、今年も走りまくって、またしっかり働いて良き一年としたい。

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