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昆虫のご馳走

仕事上の付き合いが長く続き、お互いすっかり顔なじみとなるヤマト運輸のドライバーさんのご招待で昆虫採集に出掛ける。

自宅より車で5分も走れば山がある。いつもはトレイル走でお世話になる山々に、今日は異なる目的で足を運ぶ。

3時起床、くずる子をふとんから引っ張り出して車に乗せると、すでに友人親子とドライバーのI氏が集合場所に待ち受けていた。

さて、そのI氏である。

40歳に手がかかるほどの年齢ではあるが、趣味は少年時代から続く昆虫採集。

なかでもカブトムシの魅力に取り付かれ、シーズンに数百匹もの採集をすることもあるツワモノ。

少年の面影を残す彼は、礼儀正しいドライバーの中にあってもとりわけ好感が持てる。

さて、元々昆虫採集好きの私ではあるが、夏山でやぶ蚊やスズメ蜂に追いかけられるより、雲を追いかけ走りまわる趣味に転じて久しい。

そのため臭覚、嗅覚などの五感が鈍り、採集に行くが連戦連敗の年が続いていた。

3年前にミヤマクワガタのつがいを捕獲して以来、子供にいいところを見せていない。ここは起死回生といきたいところでもある。

そのために、I氏は願ってもない助っ人である。頭にサーチライトを被りつつ軽快に山に入る時の彼の姿が、横から見るとカブトムシに見え笑えた。(失礼)

さて、周辺のクヌギの木が軒並み切り落とされ、彼のホームグランドもかなり荒らされたと嘆く。

その理由は、宅地造成や墓地整備にある。

昔、里山にはクヌギ、ブナ、ナラなどの広葉樹が密生し、周辺の人々も木々を大切に扱うことで豊かな自然循環が成り立っていた。

木々により、小川は急激な温度上昇を防ぎ、木の実や昆虫などの落下により魚が成長するなど、物理的な生物循環があった。

現在、放置された竹やぶが広葉樹を侵食し、かっての里山の原風景はすっかり陰を潜める。また、著しい生態系の変化をも引起す。

また、排気ガス、黄砂、酸性土などの影響により、木々はかってないほど樹勢を失い、早くから老木の体をなしている。そう、山に入るとよく分かる。

昔あれほどいたカブトムシが年々減る傾向にあると、虫取り名人のI氏も嘆く。

空を見上げると満天の星、一体我々は地球をどうしていたわってあげられないのだろうか。。。

そんなことをよそに、子供達は嬉しそうにはしゃいでいる。

折角の早起き、三文以上の得をしたい!

秘密の場所に到着、車から降りて歩く事約5分。

そこにお目当てのクヌギの木があった。

サーチライトで照らすと直径1メートルもある大木。

その中央部に大きな窓のような陥没部があり、すきまから樹液が滴る様子が分かる。

しかし・・・肝心の主役の姿が見えない。

『あ、カマキリだ!』友人の子供が叫ぶ。

大きなカマで蛾を捕獲し、食べている様子が分かる。

『他に何か見えないか??』

そこに、小さなマイマイが奇妙に歩く姿を確認した。

虫を見たことのない子供達はなんでも珍しそうであった。

『触ってみたら?』

子供に誘うと、つかんで直ぐに放り投げる。

『殺生なことはやめようよ!』

そこで考える。自分はこれまでに一体、どれほど多くの罪のない昆虫を捕獲し命を奪ってきたことであろうか・・・引裂いたり、他の昆虫と戦わせたり、また動物のえさにしたりと虐待の限りを尽くす少年時代を送ったではないか。。。いや、待てよ、それでもそうした殺生により命のはかなさや、小さな動物の弱さを、幼いながらも全身で感じていたのではないか。

現在、都会に住む子供や山で遊ぶ事のない子供は、こうした体験を持ち合わさない。これでよいものだろうか?一体どのような生命体が山で暮らしているのか?こうした事情を肌で知る事こそ、自然を見つめる心をはぐくむのではないだろうか??

子供のころ慣れ親しんだ遊びを大人になって行なうことではじめて、現在の子供との境遇の差が比較ができるものだと感じた。

一行は次に場所を移動し、そこでようやくコクワガタのつがいを採集できた。

今回、友人の子供達もはじめての昆虫採集とのことで、とても喜んでくれたようだ。また、大役をお願いしたI氏も、それを見て安堵した表情であった。本当に有難うございました!

さて、最後にI氏が話した言葉である。

『昔のカブトムシ。それはもう大きかったんだ。また、ノコギリクワガタのオスの体長は10cmを超えていた。立派で貫禄のあるノコギリに惚れ惚れしたものなんだ。だけど、ここ数年のカブトやクワガタは総じて小さい。その理由は栄養のない土にあると思うんだ。幼虫の時、いかに養分を土から吸収するかによって、成虫のサイズが決まる。子どもはどんな生き物も同じなんだね!』

里山を今一度整備し、早急に腐葉による自然循環の正常化を考えなくてはいけまい。

虫取り名人の口を通じて、森の生き物からのメッセージを聴いたような気がした。

正々堂々!

我輩はネコが苦手である。

年齢を加えるごとに、少しは愛情でも抱くことになろうものかと期待すれど、一向にその兆しすらみえない。

身のこなしの軽さとすばしっこさは、大柄で幾分スローな私にとって目障りそのものである。

また、相手によって態度が豹変する身代わりの早さ。

とても信頼を置く対象でもあるまい。

しかし、このたびネコが嫌いになる、否、許しがたい報道が流れた。

ネコはネコでもタレント、猫ひろしと呼ぶ人類である。

役者、あるいはコメディアンとしてテレビで見たことはない。

ただ、市民ランナーとして優秀な芸人と記憶している。

その彼が、この度カンボジア国籍を取得し、ロンドンオリンピック出場を狙うとの記事を見て絶句した。

何故、3年程度しか練習を積んでいない市民ランナーがオリンピックに出場できる?

日本人のフルマラソン記録でもトップと30分以上異なる。

だからカンボジア国籍を取得して出場する。冗談も度が過ぎる!

カンボジアは陸上競技が盛んであるとは言い難い。

ゆえに選手層が薄い所を敢えて狙い、出場権獲得に動く。

姑息なやり口である。目的のため手段を選ばずではないか。

とてもスポーツマンスピリットを持っている人間ではあるまい。

さて、カンボジアで精一杯努力を続けるランナーは、これを聴き受け一体どう考えるだろうか?

『アメリカの選手団は多国籍軍のようなものであるから、国籍を変え出場することは当然認められる』そう、彼がコメントしたそうだ。

ところで、彼はアメリカをどのような国と理解しているのだろうか?

アメリカはイデオロギーにより統一した国家。

人種および宗教は関係なく、創立200年にも満たない国家。

その国と第二次世界大戦後フランス植民地から脱した少数民族国家と比べられるというのか?

また、日本国に対するカンボジアの人々の感情を、正確に理解しているのか?

カンボジアは最貧国である。世界トップクラスの先進国である日本とは、事情が180度異なる。

戦後補償こそいち早く放棄してくれたが、その後両国の関係は深いとはいえない。

こうした理由を、彼は考えた事があるのだろうか?

また、このニュースをトピックスとして報道した朝日新聞を始め、すべてのマスコミの論調の軽さに辟易させられる。

メディアは完全に狂っている!

こんなもの、まともな話題として取り合ってはならない。

私が非難する理由はまだまだある。

間寛平の存在である。

彼のマラソン好きは有名な話である。

しかし、売名行為だけでアースマラソンを遂行したように思えない。

根底にはマラソンに対してほとばしる情熱を感じた。

また、一人で自らの目標を定め、長年掛けて実現を試みた。

そして、耐えて、耐えて、耐え抜いてあの偉業を成し遂げた。

それが、この度の彼はどうだろうか?

比較する対象にないことは分かっている。

しかし、余りに違いすぎる。

夢をそれぞれ持つのは自由である。

実現するまで、夢は夢であり続ける。

その夢を無理に実現させるため、故意に他人の夢を壊してはならない。

そんなもの、たとえ達成したといえ価値がある訳がない。

フルマラソン2時間37分は、市民ランナーとしては見事!素晴らしい記録である。

本来なら彼の素質と努力を認めてあげたいところである。

しかし、大会資格を得るため、走る以外の努力をするなどナンセンス。

すべてがインチキの塊にすぎない。

目の前のねずみを追いかけるうち、背後より仲間と思ってた猫がトラになり仕返しにくるぞ!

猫さん、悪乗りはいい加減にして欲しい!!

いや、変わり身の早いネコの言う事だ。

今後もすべてにあてになるまい、と考えることにした。

森からのメッセージ

起立した状態で、命脈尽きかけている。

まだ、かすかに生きているかもしれない。

助けを求め、叫んでいるものもいよう。

しかし、ここまでくれば人間ではどうする事も出来ない。

枯れ尽きることを待つことだけが、彼らの残された仕事。。。

厳しい冬が訪れようが、もはや枝葉の衣をまとうことも出来ない。

,鳥たちの微笑ましい営みを、身近で見守る事も出来まい。

合唱をつづける真夏の使者に、ご褒美の差し入れすらできない。

ただ、暫くの間はじっとその場に立ち尽くす。

寒かろうが暑かろうが、また寂しかろうがうるさかろうが

来る日も来る日も立ち尽くす。

生気を失った色を晒しつつ・・・

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立ち枯れが森深く、空気の澄んだ高地にも進んでいる。

これらを大自然の掟と呼ぶか?

人類は、森からの恩恵をただ、受けるだけでよいか?

自然と共生し、すべての生命体が維持できる環境を作る。

これが食物連鎖の頂にいる人類の使命。

太陽の核融合はあと100億年間続くと言われる。

100億年後の地球を想定し、今を生きることが必要だ。

その責任は、きっと我々には在る。

人間など生きているだけでエコではない。

二酸化炭素を吐き出す。

生物をむやみやたらに殺害する。

また、自然環境を破壊し、大量のゴミをだす。

おまけに地下に眠る炭素を取り出し、一気に大気に放出する

愚行を繰り返す。

まずは森から見つめよう。

枯れゆく木々を眺め、切実に感じた。

今年は国際森林年。

気象は30年単位を区切りにするようだ。

この期間が温度、降水量で激しく異なれば異常気象と呼ぶようだ。

今から30年前といえば1980年、そのあたりを境に世界の気温が上昇を始めている。

世界の人口も急増している。文明が高度に発展すると、化石燃料を掘り出して電力や、移動手段に使用する機会が増える。

石油も広義に考えれば炭素循環であろうが、ここまで急激に搾取し消費するとなると話は別であろう。地上の二酸化炭素濃度は急激に上昇、それが温暖化に拍車をかけることになってしまったのだろう。

世界の各地で起こる洪水、河川の氾濫、旱魃、猛烈な台風、カトリーヌで人々の記憶に刻まれたハリケーンなど頻繁に起きる大災害は、地球温暖化現象が引起したとされる説に頷かざる得ない。

人間の活動スタイルの変化がこれほどまで深刻な被害をもたらしているとすれば、もはや一刻の猶予もあるまい。

直ちに世界が連携し、温暖化に歯止めをかけるべく対策を講じる必要があろう。

まずは、化石燃料から再生可能エネルギーに転換することは重要だ。

また、ブラジル、インドネシアでの森林保護は、炭素を固定する意味で必要欠くことのできないことだ。

いずれにせよ、持続可能なプランを持ち、進めていくことが肝要であろう。

国家のプロジェクトとはいえ、民間企業の力なくしてはできない。

それらを束ねれば、イノベーションが生まれて雇用、産業の活性化につながる。

これらの舵取りは、世界であるなら国連。国家であるならば政治である。

すべてが有機的に結びつくことで、20世紀とは全く価値観の異なる繁栄を遂げる世界ができると考える。

国連によると今年は国際森林年。

森と里と海はつながる。

すべての人が森の働きを見直す契機となる一年であるように願う。

現在の高度に発達した科学でさえ、光合成を作り出せない。

ここは、自然に対し謙虚に頭を下げよう。

それから植物の生育を見守り、大地に根を張るよう支援の輪を拡げよう。

今必要なのは、考えたり反省することでなく行動することだ。

次世代への責任は、現在生きるすべての人にある。

2011年8月6日原爆の日

8月6日は広島原爆の日。

66年前のこの日に人類が初めて核兵器を使用、同じく地上に住む人類を一度に大量殺戮した。核の脅威に晒された忌々しい記憶を戦争を知らない世代に正しく伝え、核なき世界にすることを世界中の人々に強く訴える日。

長崎と広島の原爆の日は、これからもずっとその役割を担うことになろう。

さて、私のこの日の行事は、数年前より変わらない。

原爆ドームのある広島平和祈念公園で、被爆ピアノコンサートのお手伝いをすることである。

音楽の力は時に人々の心を解きほぐし、また願いを求める人々の心をつなげる。

ピアノの美しい音色により、周囲の空気が一つになる。

それが至福の瞬間であると、主催の調律師さんが度々語る。

いかにも手作りであるが、まとまりのあるコンサートであった。

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後ろが原爆ドームの方角、広島は川の多い街

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福島から避難してきた小学生。引越しにより家族が3倍に増えたとは・・・

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記念式典が終わった直後

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被爆したアオギリ、焼けただれたが立派に成長したことより、復興のシンボルとなる。この木の下で被爆体験を長年語り続けてこられた沼田さん、心よりご冥福をお祈りいたします。

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草笛演奏

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外側はガラスが突き刺さるなどして傷だらけ、しかし内部はピアノの所有者かつコンサートの主催者である調律師さんがしっかり調律される。

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横のキズ跡がひどい。人間であれば重度の火傷であろう。当時のピアノは家一件分の値打ちがあったとか。

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夕暮れ、コンサートは無事終了。先頭でピアノを抱える人は、あの?

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灯篭流し。

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肉親の魂を弔う人、平和の願いをこめる人、それぞれが想いをこめて浮かべる。

皆、流した灯篭が視界から消えるまでその場にいて願い続ける。

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