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ランナーズ・ハイ!

表題は度々耳にする言葉である。

しかし、この言葉の正しい意味を理解し、語る人は少ない。

そういう私も数年前まで、意味も分からず多用していた。

語感のイメージで捉える英製和語の典型かもしれない。

元々は、症候群としての医学用語にあるようだ。

ニューヨーク都市近郊で、ジョギング中あまりにも頻繁にジョガーが交通事故に巻き込まれることを調査した結果、共通する傾向性が見出されたことで名が付いたらしい。

医学的アプローチにより実証されたとくれば、一種の病気であるか?

さて、この症候の真犯人は、幸せを呼ぶホルモンと言われるエンドルフィン。

何でも草食動物が肉食動物に襲われた時、痛みを和らげるため脳内から出るホルモンとか。

人が交通事故に遭遇することと、草食動物の末期の痛み止めでは意味が異なるように思える。

しかし、その理由をたどると通じるところがある。

人はジョギングしている時、幸福感に満ち溢れてしまうからだ。

この状態になると、周囲に対する注意力が散漫となる。

だから、交通事故に遭遇してしまうのだろう。

しかし、処方さえ間違えなければ、このホルモンの効果は絶大である。

たとえ考え事が頭から離れない時も、難しいことは考えられなくなくなる。

また、ホルモンが効いている間は、苦しいことや辛い事を想起することもしなくなる。

滑稽といえるほど脳天気になることもしばしばである。(私だけかもしれない)

まさにその状態は、日常からの離脱ができるプチ旅行とも言えまいか。

幸福ホルモン。

神が哺乳類に与えた、とても有難い薬である。

処方さえ気をつければ人生をハッピーにする。

ランナーはこの恩恵だけを受けることとしよう。

本日の練習

走行距離 10キロ

月間    177キロ

内容     T.T   完全復活 

雨中の求道者

本日は雨の中ハイペース走。

しっかり追い込んだため、21キロでエネルギーが途切れてしまう。

折り返しポイントはいつもの草津港。

例の波止場のアニキと親父といえば・・・

雨の中、仲良く並んで釣り糸を垂らしていた。

今日も二人の顔を見る事ができほっとした。

「まさかこのお二人、ブログに登場していると夢にも思うまい。」

そう思うと、いささか罪の意識を感じるのであった。

この日、お二人のご不満といえば、雨のため釣り人が少ないところである。

さぞかし釣りに集中していると思いきや、相変わらず餌もつけず話に夢中であった。

帰り道、内股走法で路面をえぐり取るように突き進む女性ランナーがやってきた。

その特長あるフォームはすでに脳裏に焦げ付くほどに焼きつき、た易く忘れられるものではない!

私も所属する、地元ランニングチームの元会長である。

空からの天然水による水浴びを、心から愉しんでいるかのような笑顔である。

「調子どう?」

年齢は同年代である。

すらっとした体型で、顔にもまだ張りがある。

どうひねくれて見ても、体調が悪そうには見えない。

「最近自転車に苦戦して・・・」

そうだ、彼女は200キロバイク走に出場するライダーでもある。

自転車もランのフォームでいけるのかな??

ふと、疑問がよぎる。

「今度、スイミングスクールに入会するんです」

いよいよトライアスロンか!

女子で3時間30分ランナーの実力を、存分に発揮して欲しいと考える。

明確な目標があるからこそ、行動に移せるのであろう。

長く積み重ねた人は、独特のオーラを持つ。

その人の周囲だけ、空気が変わる。

真剣な求道者の姿は、見ているだけでファイトが沸くものである。

本日の練習  

距離  21k

月間 151K

内容 ハイペース走   フル -10″

夕焼けに魅せられて

昨日の夕焼けは見事であった。

世にも不思議、地球最後の日のごとく、幻想的光景を目にすることが出来た。

それは、暗黒の世界から我らが太陽を救いだすため現代美術の大家が一同に集まり、思い思いの色を用いてキャンパスに向かったかの如く、見る物を魅了してやまない。

それほど、天空の画としては逸品であった。

しばらく空を眺めていると感動のあまり足に震えが襲う。

この大自然のパノラマをしっかり見届けたいと考えると、数分の間その場から動けなくなっていた。

こうした夕焼けは、天気の変わり目を告知する役目もある。

本日は快晴なり。

海は昨日と打って変わり、打ち寄せる波は、天平時代の仏像の面持ちのように穏やかな表情をしていた。

そのため朝ランも快調であった。

ここにきてようやく100キロマラソンの疲れが抜けたようだ。

実に、回復まで4週間を要した。

不足していた血液がようやく正常化したのであろう。

今月はそんな理由もあり、距離も踏めていない。

この日曜日、最低30キロと考える。

本日の距離 10キロ

月間     130キロ

内容     T.T 

傘差しRUN決行!

いつものように4時過ぎに起床。

丁度その頃よりポツリポツリと雨が落ち、次第に雨脚は早まる。

6時になれど降り止まず。

その頃、体より「早く走れ!」の指令が下る。

そこで朝仕事の手を休め、雨中の傘差しRUNを決行する。

14年目となる朝RUNだが、天候が悪いとモチベーションが上がらない。

殊に真冬ともなれば、意志の弱さを晒すことしばしばだ。

これまで幾度となく訪れた「継続の危機」をなんとか乗り越えてきた次第である。

それに比べれば、この時期は天国。

余程でなければ、雨でも槍でも対応できる。

さて、この傘差しRUNであるが、、実はフォームを確認するトレーニングの一環として取り組んでいる。

上半身の安定度を測るのに丁度良い。

体幹に微妙なずれがある場合は、傘の揺れが著しい。

そのため雨を余計に被る。

雨の量と風向きにもよるが、フォームのしっかりしている時は体があまり濡れていない。

濡れた量は体幹バランスのバロメーターとなる。

また、傘の抵抗は格好の負荷にもなる!

出来る限り大きな傘であれば、15%以上の負荷を与えることができる。

常に坂道の勾配を登りつめる感覚ともいえよう。

こいつは思わぬ漁夫の利と、ほくそ笑むことも少なくない。

さて、雨の日にランナーは少ない。

梅雨のこの時期、これからも雨模様は続くであろう。

しかし、こうした効果を考えれば、雨の日もまた愉しい。

是非、多くのランナーにお勧めしたい。

しかし、あまり早く走るとすれ違う人に奇妙な目で見られる。

特にインターバルを加えると、立ち止まり見物する人まで現れる。

人通りの多いところでは、この辺りに少し気をつけなくてはならないかもしれない。

本日の練習  6キロ

月間    120キロ

内容    傘差し  ビルトアップ

波止場のオヤジとアニキ

かつて無類の釣り好きでもあった。

その名残もあり、休日のトレーニングに必ず立ち寄る漁港がある。

季節を問わず太公望で賑わう草津港である。

その波止は市街地から至近の上、様々な魚種が釣れ、いつも太公望で賑わう。

昨年の秋は大量の鰯が回遊し、それを追ってハマチが群れを成した。

今、この時期といえばイカ釣りが盛りを迎える。

5年ほど前になるか。

漁港の波止で83歳のオヤジさんと、50代後半のアニキと挨拶を交わすようになる。

週末に限り悪天候に構わず走る私であるが、彼らも負けじとばかり、釣り糸を垂れる。

知らぬ間に、長い付き合いとなる。

近年では挨拶に留まらず、長々と話し込むようになる。

話題といえば、近頃の釣果に始まり釣果に終わる。

冗談交じりの、他愛もない話が大半である。

常連の一人、アニキといえば、地元機械メーカーのエンジニア。

この波止に通い詰め、10年が経過したと語る。

理由はこうだ。

それまでのアニキといえば、仕事一本槍の生活であった。

休日返上で働くことすら珍しくなかったようである。

しかし、ある時期に仕事で行き詰まり、転職を考えるまで追い詰められた。

丁度その頃である。

少年時代に度々訪れたこの波止に再び現れる。

釣り糸を垂らす。

ぼんやり海を見つめていると心がどんな状態にあれ、晴れ晴れすることに気付く。

子供の頃の童心、あのワクワクした感情になると語る。

また、休日が明け会社に向かう自らの気持ちは、以前とは別人の如く前向きに変わっていく。

仕事に対する自信も次第に回復していったとか。

「息抜きも大切。スローライフこそ我が人生!」

再び波止に通う人となり、感情だけでなく考え方まで変化したそうだ。

さて、その彼の行為である。

持ち物や動作において、確かに魚釣りといえる。

しかし、全くもって釣果にこだわらない。

魚を釣ればその場は素直に喜ぶが、釣れなくとも腹を立てない。

結果を追い求めると、モノに対する捉われの気持ちが生じる。

すると、大自然に心溶け込ませることが出来なくなるらしい。

「獲物は神からの恵み」と考えれば良いのだと。

時に素性も分からぬランナーに向かい、大事な会社情報を話すことに余計な心配をしてしまう。

しかし、これこそ海の導く力であろう。

その場その場により、心の開放に酔いしれるアニキに年々親しみが沸く一方である。

さて、次はオヤジである。

彼は数年前、愛妻に先立たれてしまった。

そのため朝っぱらからビール、つまみにまたビール!

無類の酒好きは、波止場の名物でもある。

そのオヤジ、釣り人と見れば近づき話しかける。

初顔とあれば、周辺の海の様子につき念入りに解説を尽くす。

釣りをするより、他人と会話している時間がはるかに長い。

家に居ても一人なので、ここに来て寂しさを紛らわせているのかもしれない。

何時しか、この波止を目指す私の最も気になる存在となっていた。

オヤジが、走ってきた私に向かい必ず吐く台詞である。

「そんなに足が長くては、走るのに邪魔にならないか?」

「これでも折り畳んでいる様子が分かりませんか?」 

事実、そんなはずないのであるが・・・

会話も洒落ていると言いがたい。

しかし、面白おかしくその場、その場を盛り上げる。

しかもごく自然に。

だから彼の周囲に人が集まる。

そんな親父との、先日の会話である。

彼より10歳年上、93歳になる方がかくしゃくと歩いてた。

顔見知りの彼について、オヤジは次の評価を加える。

「あの人はどうしてあんなに元気なのか分かるか? つまり、あまり悩みを持たないからなんだよ。

「あの体を見よ。20歳以上、若く見える。人生こうありたい。だろ?」

私が頷くと

そうと決まれば悩まないことだ、つまり自分を大切にすることだよ」

オヤジは続ける。 

「人間はいつもあれこれ考える、でも、そいつは悲観的なことが大半ではないだろうか。」

「だから早死にするんだ。私の友人を例にとるまでもなく、気が付く人、頭の良い人に限り早死にする。」

「ここで一つ忠告だ。 長生きしたければ結論のでないことは考えないことだよ。つまり後悔しても始まらないってこと。」

オヤジは次第に調子付く。 

「とにかくたった一人の存在が自分。そいつを中心に据え、ほかの誰よりも大切にしなくては駄目だ。他人が自分にどんな評価を下そうが、構うことなどない。自分を信じて、自分を愛し続けなさい。」

更に饒舌に・・・

「ところで、あんた。自分の歩いた足跡を拾って歩くことができるか?

 また、そんな人生に納得するか??

後ろを振り向く動作を繰り返す。 

 

「普通に考えると、人間は重い過去をぶらさげたまま前に進むなどできやしない。だからいつでも荷物を軽くすべきなんだよ。」

目の前の海を見つめ、しばしの独演会。 

 

「死んでしまったら痛いも気持ち良いもなくなる。生きているうちが華。

 生きているから何でもできる。とにかくその場で思いつめないことだな。

 将来の不幸を予測して生きるから、自殺を考えつくことになる。未来は明るい。

 良いことが待ち受けるといつでも思いなさい。また、強く信じなさい。

オヤジの熱弁が終わるまで、額の汗を拭くことすら忘れ聞き入っていた。

その日、彼から次なる人生の極意を学んだ。

考え方と行動にいささかの矛盾があってはならない。 

過去を忘れ、今に生きる。 

また、たった一人の自分を大切にする。

その場を立ち去るとき、彼のこれまでの生き様を想像していた。

「親父もきっと、波止場のアニキと同じ時期があったのではないか? 

いや、もしかして、今がそうい時期かもしれないぞ。 

そういう自分だって、言葉にできない不安をこの場で解消しようとしている、ほとんど本能的なところで・・・」

そう考えると、人を惹きつけて止まない海の魅力と、偉大なエネルギーをあらためて感じた。

「海により人は癒される。また、海を前にすると人は素直な気持ちになれる。」

波止場のオヤジとアニキと共に、これからも明るく元気に年を重ねてゆきたい。

金星の日面通過

またもや天体ショーである。

ニュースをつけるとそれ一色。国民全体の関心ごとのように報道している。

金星から地球を観れば、地球が一瞬にして無くなりかなり衝撃的ではないだろうか。

しかし、太陽からこちらを観れば、ただの鼻くそショーに過ぎぬかもしれない。

街中に目をやる。

道路ではいつもと同じように車が走り、忙しそうに人が横切る。

太陽との距離を測った功績と、太古の科学者のロマンは分かる。

しかし、にわかづくりのこの歓声は如何なものか?

いや、次回の観測が105年後という微妙なる数字が、無常のこの世を想起させるのであろうか?

いずれにせよ森羅万象に対し一期一会の心構えは大切だと思う。

何より、今日見た瀬戸の朝焼けは素晴らしかった!

本日の練習

走行距離   8キロ

内容      ジョグ 5′30″

またもや調子は逆戻り。

一層の細胞分裂により破壊された筋肉が蘇る日が待たれる。

フォーム矯正は至上命題

かかと着地を意識しすぎると上半身が反る。

あごをひき、視線ははるか前方を見つめる。

腰の回転とうまく連動するよう、二の腕を強く振りあげる。

理想とする腕の振り方は、野口みずき選手だ。

おへそ下に位置する丹田の、丁度真下あたりで地面に着地できるよう、神経を研ぎ澄ませる。

ほんの1キロ程度ならできる。

しかしそれ以上続けると腰の上部に違和感がある。

練習を終えるとその箇所が疲労しているのが分かる。

恐らくこの位置を軸として着地しているのだろう。

まだまだイメージとフォームが一致していない。

フォーム矯正を今期の最大の課題とする。

今年もメインレースとなる防府読売マラソンのコース上で、

新しいフォームで快走している自分を思い描く。

そんなことを始終考えつつ、本日の練習は終了。

5日前より練習再開、9日目にしてようやくルーチンの10キロが走れた。

それでもいつもより4分オーバー、まだ60%の状態にある。

本日の練習

走行距離   10キロ

内容     ジョグ

月間     34キロ

2012年えびすだいこく100キロマラソン参戦記-②

30キロを過ぎからも絶景が続く。

朝8時前であるが、この時期の陽射しは高い。

太陽の黄金色を溶かした初夏の海は、眩しいくらい鮮やかな青色をしていた。

風もなく穏やかではあるが、所々に波頭が立つ。

深くえぐられた崖続きの岩場から、複雑な海底を想像していた。

「この大会がなければ、こんな素晴らしい絶景をゆっくり眺めることもできなかっただろう。」

40キロ地点まで、僅かであるがペースアップを試みる。

1キロ5分30秒まで上げてみた。

例年に比べると体が重いと感じていた。

しかし、「100キロの長丁場、以降、体調の変化は繰り返し訪れる」と、気楽に構えていた。

林道に入ると、蜂の攻撃に悩まされる。

正確な名称か疑わしいが、幼少の頃にクマンバチと呼んだ記憶がある。

タイガースのユニフォームによく似た色合いで、米軍戦闘機 オスプレ-のように前後左右に水平移動する、あの大きな蜂だ。

また、ジェットエンジンの如く低いノイズ轟く羽の音に、恐怖を煽られる。

その大群が、道路の随所に頭上で待ち構えているのだ。

気にしないランナーも多くいた。それらは決まって蜂の方から逃げているように見えた。

「何故自分ばかりに向かってくる?」

前後左右に身を交わし、頭を上下に振ることしきり。

泣きっ面に○○ならぬ、蜂に泣きっ面。ほとほと泣きたい気持ちになっていた。

結局、青い帽子を被っていたことと、自分が長身であるという理由を思いついたのは、蜂の攻撃が完全になくなった、街中を走る終盤であった。

「おかしい。」

152メートルの片句の山頂あたり、距離でいえば50キロ地点を過ぎたところで、目の前に白い霧が掛かった。

本日の朝、スタートした時に立ち込めた朝もやの状態に似る。

足が完全に止まる。

少し前に歩く。

頭がふらふらする。

両足で体を支えられなく感じたため、思わず両手を膝にあて上半身を支える。

首から上がさらに重くなる。

もはや立っていられない。

その場で腰を下ろす。

これは何の前触れもなく訪れた、まさかの貧血であった。

練習中に何度か経験したが、レースの最中に起きたのは今回が始めてである。

後に調べると、スポーツ貧血と呼ぶ症状であった。

また、足を叩きつけるマラソンは特に起きやすいとある。

しばらくしてコースをはずし木陰に座る。

しかし後続のランナーが私を見るとコースと勘違いし、こちらに向かってくる。

迷惑を掛けないようランナーが見えなくなる位置まで坂を昇り、再び座り込む。

しばらくは激しい動悸が続き、息が苦しかった。

数十分が経過、ようやく発作が鎮まる。

何とか立ち上がり、歩いて山を下り始める。

リタイアとしても走り続けるとしても、次のエイドステーションを当面の目標とした。

しばらく歩いていると、少し走れるまで回復する。

「ゆっくり走れば何とかなる」

そう思い始めた頃、55キロ地点の大規模エイドまで到達。

胃の調子も悪くなっていたので胃薬を飲みたかったが、たまたま今回用意していなかった。

代わりにといっては変だが、おにぎりと味噌汁を頂く。

これが不思議に功を奏し、65キロ地点の山越えまで進む。

スタートから8時間が経過していた。

「トラブル後の15キロは、実に3時間も掛かっている。」

その頃より、リタイヤは全く考えなくなっっていた。

ただ、足切りが気に掛かり始める。

「このペースで行けば、制限時間となる14時間以内の完走は無理!」

もはや、レース内容は二の次である。

とにかく完走だけを目標とした。

この先はもう一人の自分との我慢比べが待ち構える。

午後からも強い陽射しは照り続け、疲れた体を容赦なく責め立てる。

今度は脱水の症状が現れた。

5キロ先のエイドまで持ち堪えることが出来ず、自販機でペットボトル飲料を購入。

エイドに着けば空になったボトルに水を注ぎ、飲んだり、また頭、首、腕、足に振りかけながら体を冷やして走る。この繰り返しが続く。

宍道湖を沿って走るコースは平坦ではあるが、直線が実に長い。

周囲の景色など既にまったく目に入らなくなっていた。

ただ、前だけを見つめ走る。歩く。そしてまた走る。

外気温が高かったせいだろう、歩いているランナーがやけに目立つ。

立ち止まってしまったランナーに対し、音声にならないほどの弱々しい声で励ます。

「ガンバ!」

「 ・・・ 」と、頭をコクリ。

それ以上の体力消耗はお互い禁物だ。

85キロ地点、平田市の街で再び貧血が襲う。

呼吸が苦しい。やはり数十分間、立ち上がれない。

立ち上がろうとしても、直ぐその場でうずくまる。

見かねたボランティアの方がこちらに向かって一言。

「大丈夫?」

「ハイ、たぶん」

(ご心配をおかけしてことをお詫びします。)

いよいよ陽が傾きかけてきた5時過ぎに、90キロ地点を通過。

最後の10キロは我ながら圧巻であった。

前を見つめたら、視界に入る先まで到底走れそうにない気分になる。

ならば「下を向いて走ろう。」(九ちゃん失礼!)

目標物をガードレールの影と決める。

50cmの等間隔のため、設定しやすい。

それでもわずかな距離に2歩を要するほど足が疲れている。

腕を振り、最後の力を振り絞る。

途中から、ゴールするまで決して休まないことを決める。

すると、体の奥底から集まってきたエネルギーが、足先に向かい供給されていく。

次第にリズムに乗る。

95キロ地点のエイドにも立ち寄らなかった。

足が止まればすべてが終わる。

あと3キロ・・・2キロ・・・

ようやく大鳥居のある出雲大社の表参道まで辿り着く。

ゴールまで残りあと、300メートルだ。

この直線の道路を走り抜けながら、これまで遭ったすべての苦しみを脱ぎ捨てる。

顔は何一つ憂いのない、無垢な表情に変化する。

カメラを前にポーズを決める。

少し大きめのガッツポーズでテープを切る。

大会スタッフの心づくしの歓迎が今年も嬉しかった。

最後、これまで来た道に向かって一礼。

こうして13時間の長旅は終わった。

今回のレースは、自力で何とかトラブルを乗り切ることができた。

きっと、記憶に残るレースとなろう。

2012年えびすだいこく100キロマラソン 参戦記 -①

大会前日の午後、出雲に入る。

車をゴール近くの駐車場に留め、車内で私服に着替えると明日のための荷物をリュックに詰め込み、いざ出陣である。

ゴール広場を横切ると大会名を告げるのぼりが数本、初夏の風になびいていた。

会場に設置されたばかりのアーチ型のゴールを眺めつつ、明日のゴールシーンを想像する。しばらく心地よい緊張感が体一杯に張り詰めていた。

駅に到着すると発車まで間があることを知り、出雲大社に参拝することとした。

明日のレースの無事を主に祈願する。

駅に戻ると電車が待っていた。

車内に入り腰掛けると、明日の大会に出場する浜田在住のランナーが隣に座る。

それから到着するまでの1時間、熱いマラソン談義に花が咲く。

その彼、いつでもご夫人とマラソンレースに参加されるようで、今回も100キロ個人の部にそれぞれがエントリーされていた。

「最近はエントリーする方が、完走するより難しくなりましたね!」

と語る頼もしい彼であったが、今後の秘策としてこっそり教えてくれたのが夫婦枠を利用した方が有利に参加できるとの情報であった。

その時不意に、以前にランナー仲間と交わした会話を回想していた。

「ウルトラマラソン愛好家は必ず夫婦仲が悪い!なぜならウルトラの練習ができるのはお互い家に戻りたくないからである!」

彼等は私のこの不謹慎極まる想念を、今回打ち消してくれることとなる。

大変失礼しました!

その後もレースの情報交換や練習方法など、休むことなく語り合う。

とても爽やかで素敵なお二人とは、電車の終点、松江宍道湖駅で別れた。

ホテルにチェックイン。時間は6時のアルコールアワーである。

颯爽とホテルから飛び出し、松江市随一の繁華街を練り歩く。

しかし、今回の目的はこれに非ずとする自制の念が働いたか、いつもよりかなり慎重に店を選ぶ。

「ここで誤ると深酒し、明日の出場すら危ぶまれる。」

日ごろから積み重なる愚行がトラウマ化し、心に警鐘を与える。

結局、2時間の市内散策の末、コンビニで弁当とビールを買った。

再びホテルに戻り食事を摂りながらニュースを聴く。

「明日の最高気温は27度。この春最高の日差し・・・」

キャッチコピーだけが、しばらく耳に鳴り響く。

早朝3時、バス乗り場には数台の観光バスが並ぶ。

乗車すると、車内はすでにランナーですし詰め状態にあった。

いつものように早速、隣に座った横田町在住のランナーと歓談。

横田といえば知る人ぞ知る、仁多米で有名な米どころである。

その彼も水稲農家。また、前日田植えを済ませたばかりと聴き驚く。

太陽の陽射しを独り占めしたかのように、こんがり焼けた肌の色が印象に残る。

到着後、着替えを済ませスタート会場に向かう。

広場はカラフルな装いのランナーで埋め尽くされる。

「それにしても、今年はやけに女性が多い。」

(失礼を承知の上、念のため仮装でないかと確認してみた。)

スタート!

数秒後。知人のTさんを見つけた。(必死に探していたのも事実である)

彼は今年これまでに、250キロのさくら道ロードと100キロ数本を走ってきたウルトラ界の猛者である。

100キロ以上の大会経験がない私にとって、未知なる世界の経験者といえる。

余りにこちらが興味を示すと、どうして出場しないのかと訝る。

その彼に、どうしても達成しなくてはならない目標があることを告げる。

「しかし、達成したら必ずウルトラ超えの世界に入る!」

彼のおかげで目標が明確化したこともまた、事実である。

その後も仕事、政治、人生観、共通した知人の話題などで会話が弾む。

彼とは30キロ地点まで併走。

ここまではやや抑え気味、1キロ6分のペースで刻んでいた。

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