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佐北駅伝参戦記 2012年

本日は佐北駅伝、地元ランニングチームの一員として、今年で5年続けての参加となる。

この駅伝であるが、年明けに開催される大竹駅伝と並び、自分にとってすっかり年末年始の恒例行事である。

目指す会場は、標高約300メートルに位置する。

そのためか、天気予報は雪マーク。

備えあれば憂いなし!

夜中ではあったが急遽、知人の冬用タイヤ装着車を借用することとした。

近隣のチームメイトを乗せて会場に向かう。

峠を越える辺りから景観はがらりと変わる。

辺り一面雪景色である。

また断続的に大粒の雪が舞い降りる。

「こんな天候でも開催される?」

胸中不安が沸き起こる。

思わず監督に様子を伺うが、決行濃厚とだけ回答を得る。

「本日のレースは何が起きるか予測すら出来ない」と、予め覚悟を決めての会場入り。

早朝830分。

開催式の行われる公民館の中は、すでに大勢のランナーと大会関係者で埋め尽くされていた。

Pc060154

Pc060152_4


しばらくするとチームメイトの顔を見つける。

全員が無事到着したことにひとまず安堵する。

それぞれに天候の不安を語るも、雪道を走るコツをベテランに尋ねるなど、あくまでも前向きなチームメイトである。

(それは、雪質を瞬時に見極め走りなさい!とした単純明快なアドバイスであった。)

兎に角、皆のおかげで元気が沸いた。

さて、今大会であるが、メンバー最速のエースがひざを故障したため走れない。

チームにとって大きな痛手である。

その彼の持ち場といえば1区。いつもは6キロをわずか20分で走り切る。

高校生を除く一般ランナーの中でも際立つ速さである。

我々のチームといえば、そのエースが稼いだ2分余りのアドバンテージを大切?に食い潰す戦術により、これまでたすきを繋いできた。

しかし、今回だけはその戦術、いや、勝利の方程式が使えない。

つまり、4区の関門(繰上げ区間)に至るまで、出場選手はそれぞれに普段の実力以上を発揮しなくてはならないのである。

しかし、突きつけられた現実とは裏腹に、選手の事前予測は超が付くほど楽観的である。

勿論、各自それなりの緊張感はある。

「皆で力を合わせれば何とかなる!」

サポートを含めチームの全員がきっと、そう考えていたように思う。

「これぞまさしく団体競技!」

個人競技の極みともいえるマラソンと、やはり趣を異にする。

だが、私の今回の持ち場は、関門待ち構える第4区である。

責任の重さゆえ、一抹の不安を拭い切ることは出来なかった。

さて、選手5名はそれぞれ、別々のバスに乗り込み中継箇所に向かう。

私だけは移動せず、3区との中継箇所でもある公民館でそのまま待機となる。

2時間余りの時間、チームの会長とマラソン談義に花が咲く。

「さて、アップは何時から始めようか?」

Pc060153_2


70名以上いる4区間ランナーも私と同様、周囲を気にしているよう思えた。

そこは走暦40年のベテラン、チーム会長の一言で疑問は一発解消する。

「ぎりぎりの20分前でいいでしょう。」

(今回走る距離は4キロ、駅伝では凡そ本番に走るであろう時間をアップ練習の目安とする。)

しばらくストレッチにより体をほぐす。

外に出ると凍てつくように寒い。

薄着のウエアを数枚重ね着し走り始める。

我が子のような高校生ランナーと次々にすれ違う。

この大会は高校陸上部が大半を占める。

「今日、彼等と一応は同じコースで競い合うのだ。」

この時とばかり年齢を忘れる。

しかし、足の上がり、腰の位置、フォームの軽さ、回転力、どれをとっても自分のそれと比較にならない。

活きの良い彼等を、眩しいばかりに見とれていた。

「きっと彼等には、オッサンが老体に鞭打ち走る気持ちなど分からないだろうな。」

そんな恨めしさに似た感情が、ふっと心によぎる。

しまった!

コール終了の時間が迫っていたのだ。

駆けつけると既に、チーム名を何度も繰り返し読み上げられていた有様だ。

ウエアをめくり、正面と背中に貼り付けたゼッケンをあわただしく係員に提示。

すると、棄権はかろうじて免れる。

少々のお叱りを頂戴したが、当然である。

4区中継点に選手が続々と現れる。

そのたびスピーカーからゼッケン番号が連呼される。

駅伝名門高が続々とたすきをつなぐ。

先頭通過より約10分遅れて仲間がやってくる予想である。

その間、私のサポートについてくれた監督、故障中のエースとレース模様を眺めていた。

「ゼッケン●●、中継点に並んでください」

仲間の到着を告げるコールが耳に届く。

勢いよくウエアを脱ぎ捨てる。

「では、ぼちぼち行って来ますわ」

気持ちと裏腹な言葉がついつい出てしまうところが、いかにも自分らしい。

降り続く雪にもかかわらず、沿道には大勢のギャラリーが並び、選手に大きな声援を贈ってくれる。

誠に有り難い!

そこは65年も続く伝統ある大会、地元住民の応援も筋金入りである。

「頑張れー!負けるなー」

商店街の中を走る中継点からの約1キロは、声援が途絶えることはなかった。

すぐ一人抜き、二人抜き・・・よし、自分でも追いつき追い越すことができるぞ!

勿論、ここまでである。

暫くすると抜かれ、また抜かれ、それでも直ぐに抜き返しと激しく順位は入れ変わる。しかし、走行中一度も後ろは振り向くことはなかった。

「たすきをつなぐ。ただ、そのために走る。」

昆虫の生き様のように単純化されたプログラムをただ遂行するかの如く、ひたすら走る。

商店街を通過すると、以降田園地帯が続く。

障害物がないため、向かい風が行く手を阻む。

雪が眼鏡を覆い、時折視界が閉ざされる。


「あと残り1キロよ!」

掛け声を頂戴する。

素直に言えばあと2時間ばかり走っていたかったが、そこは仕方ない。

心拍数を上げ、追い込みに入る。

いよいよラストスパートだ!

中継箇所が見えてきた。

おや?中継点のライン上に仲間の姿が見えない。

本来ならば大きく両手を振りつつ待ち構えてくれているのに・・・

近づいてみるとそこは、これからも続くコースをわざわざ開放してくれるかのごとく、大会関係者数名がラインをはさみ、道の両脇で私を待ち受けていた。

「はい、ここまでですよ。」

言われるがままラインをまたぐ。

「ごくろうさん」

「・・・・・・・・」

上気した呼吸を沈めようと腰を二つに折る。

間もなく、後続ランナーが足音を響かせやってきた。

大会関係者はそのランナーに向けても私と同様の指示を与える。

ここでようやく状況が呑みこめた。

出走後、始めて時計に目を落とす。

関門時刻より、丁度2分が経過していた。

「そうか、やはりあの2分か・・・・」

いつもより早く脈打つ心臓の音が、空しい気分を掻き立てる。

火照った顔の表情が少し強張る。

想定外続きの状況下、それでも予定通りの走りを示してくれた仲間の顔を思い浮かべる。

「まあ、仕方ないか・・・」

少し悔しさも残り、会場まで走って戻りたい気持ちに駆られる。

しかし、そうした選手が過去にも数多くいたため、近年よりレース後の選手は必ずバスに乗り込むことが義務付けられていた。

着替え終わる頃にバスが到着、観念して乗り込む。

車窓からつい数十分前に走ってきた道を反対方向より眺める。さすがに感慨深いものである。

寒いためであろう、あれほど声援を贈ってくれたギャラリーの影すら見えない。

「確か、この位置で突風が吹いた・・・」

懐かしさすらこみ上げる。

寒風を吸い込みすぎて止まらなくなった咳にも構わず、外の様子を注意深く観察して脳裏に記憶を焼き付ける。

公民館に戻ると、仲間一人一人に状況を報告。

たすきが渡らなかった事実を聞いた瞬間、まずは一様に驚く。

しかし、次第に落ち着きを取り戻しレースの分析を始める。

選手それぞれが反省の弁である。

幾らかの心の重石を、夫々に感じたことであろう。

しかし、これを糧とし次回頑張ればよい!

会食後、皆で次走に捲土重来を期すことを固く約束した。

帰り道、これまで出場したレースの中で、記憶に残る大会になったことを確信していた。







 

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