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原発再稼動について

我が国は地震の頻発する環太平洋火山帯に属すと、小学校社会科の授業で習った覚えがある。

驚くことに、世界で起きる地震の約1割が我が国で発生しているようだ。

気象庁のサイトは、過去数ヶ月の地震発生件数とその明細を発表している。

因みにこの1週間は、最大規模震度3の地震が実に7回も発生している。

国は地震の予知技術向上のため、これまで大規模な予算を注いできた。

しかし、昨年の大震災でいえば、自然の猛威の前に人智の無力さを晒した。

今なお活発に活動する地中マグマの上に一度壊れると容易に収束できない恐ろしい物質、ウランを配した原子力発電所が存在する。

この物質は、一度に大量の人間を殺戮できる爆弾として世界各国に配備される。

保有国は一向に数を減らす気配を見せない。

アメリカでは、原発に利用される核燃料の約1割が核兵器処理により生じたプルトニウムとする記事を読んだ。

先日の話、ある君主国家のトップ交替直後、名刺代わりのつもりであろう。ロケットだかミサイルが打ち上げられた。

幸い我が国に飛来することはなかったが、これが原子力発電所に落ちたと考えたら背筋が凍てつく思いである。

最近気になるところは、放射線物質除染のニュースが減少しているところだ。

代わりに夏の電力問題に加え、原発再稼動に向けた行政と自治との活発な動きを伝える報道が増加した。

今日は大飯原発の在るおおい町長が、原発に何か不測の事態が生じれば、その一切を国の責任として引き受けることを条件に、原発再稼動を認めると発表した。

原発に反対しないとすれば、町長としてこれ以上の、またこれ以下の意見はあるまい。

しかし、町長がまさに信任しようとする国は今、一体どのような状況にあるか考えて欲しい。

責任を国のものとすること時点で、町民全ての命を差し出すことと等しい。

本来、人の命は自分以外の誰もが所有するものではない。

このたびの危機管理システムは完全か?

情報に不明瞭なところや操作がみられないか?

今すぐ政治が変わっても方針は変わらないか?

これらに強いメッセージにより回答できないようでは、町民も国民も心から納得しない。 

人命を守ることを何よりも重責と考え行動できる人が、指導者として相応しい。

                                               

本日の練習

走行距離   7キロ

月間    192キロ

内容    JOG 1キロ6分

復興現場を考える。

福島第一原発周辺30キロ圏内における瓦礫処理求人である。請負は大手ゼネコン、以下数社の人材派遣業社が介在している。これらは政府の災害復興事業であるか、また東電によるものか定かではない。

大震災後半年が経過、原発周辺における復旧作業がいよいよ本格化しつつある。

この度の就業手当ては,単純労働のそれと比較すると約3倍と、破格な条件が提示されている。

緊急性があることに加え、通常の条件では求人が望めないと予測した結果であろう。

高額条件に加え、人員確保の困難が予想されるため、多数の仲介業者が群がる図式が出来上がったのであろう。

その労働条件であるが、原発周辺であれば1日のうち労働時間に制限が加わる。また、就業者の契約期間は最長で2ヶ月と決められている。

詳しい事は省くが、この情報を判断するだけでも多くの危険を孕むことが想像できる。

しかし、人それぞれが様々な理由により原発に向かう。

中には高い報酬に惹かれる人もいるであろう。また、放射能の怖さを十分認識しない人もいよう。いや、敢えて目をつむるのか・・・怖い。

訪れた先で請負は、就業者全員に対して安全をアピールするであろう。

労働契約を結ぶ際、様々な不利な条件があろうとも就業者は捺印する他ない。

因みに福島までの交通費は各自自己負担となっている。

そこで就業者に言いたい。

ある程度の危険を覚悟で原発周辺に来たとはいえ、将来不測の事態が生じた場合、請負先にどの程度の責任をとってもらえるか契約書内容を充分把握してもらいたい。

何故か?

今日、この時点においては原発被災者に対して、政府および東電は補償に和解する状況にあるとはいえない。今後、解決に向うには相当の時間を要する。また、健康被害はこれから先に出てくる問題となろう。

勿論、これから訴訟と和解を重ねる事で、より補償が具体化していくと思う。

その移行段階で危険性のある業務に就業させるには、余程の補償が必要ではないかと考える。また、それを明確に示さなければ危険な現場での雇用などありえない。

本来ならば、終身雇用に近い労働条件を示すべき案件にあるよう考える。現在のように日雇いに近い形での雇用は、余りにも責任に欠ける。

こうした認識のない人は、たとえ仲介であろうとこの業務一切に係わるべきではない。

何故なら、詭弁を用いて人の生命を奪いかねないからだ。

もっとも、日本人の誰かが、いつかはやらなくてはならぬ仕事である。チェルノブイリでも、爆発後処理に係わる多くの雇用があった。

しかし、目に見えない脅威が罪のない人々を生命の危機に晒してよいわけがない。

そこで私は考える。

最も危険な地域への派遣は、福島県内全域の補償がほぼ解決する目処が立った後としてほしい。

補償問題より人命を尊重して欲しい。

広島では原爆爆撃の後、焼け跡を訪れた多くの人が入市被爆者となり、今も尚健康被害と闘いつつ将来の不安で苦しむ現実がある。

処理を焦るあまり、新たな犠牲者を生むことを懸念する。

今年は国際森林年。

気象は30年単位を区切りにするようだ。

この期間が温度、降水量で激しく異なれば異常気象と呼ぶようだ。

今から30年前といえば1980年、そのあたりを境に世界の気温が上昇を始めている。

世界の人口も急増している。文明が高度に発展すると、化石燃料を掘り出して電力や、移動手段に使用する機会が増える。

石油も広義に考えれば炭素循環であろうが、ここまで急激に搾取し消費するとなると話は別であろう。地上の二酸化炭素濃度は急激に上昇、それが温暖化に拍車をかけることになってしまったのだろう。

世界の各地で起こる洪水、河川の氾濫、旱魃、猛烈な台風、カトリーヌで人々の記憶に刻まれたハリケーンなど頻繁に起きる大災害は、地球温暖化現象が引起したとされる説に頷かざる得ない。

人間の活動スタイルの変化がこれほどまで深刻な被害をもたらしているとすれば、もはや一刻の猶予もあるまい。

直ちに世界が連携し、温暖化に歯止めをかけるべく対策を講じる必要があろう。

まずは、化石燃料から再生可能エネルギーに転換することは重要だ。

また、ブラジル、インドネシアでの森林保護は、炭素を固定する意味で必要欠くことのできないことだ。

いずれにせよ、持続可能なプランを持ち、進めていくことが肝要であろう。

国家のプロジェクトとはいえ、民間企業の力なくしてはできない。

それらを束ねれば、イノベーションが生まれて雇用、産業の活性化につながる。

これらの舵取りは、世界であるなら国連。国家であるならば政治である。

すべてが有機的に結びつくことで、20世紀とは全く価値観の異なる繁栄を遂げる世界ができると考える。

国連によると今年は国際森林年。

森と里と海はつながる。

すべての人が森の働きを見直す契機となる一年であるように願う。

現在の高度に発達した科学でさえ、光合成を作り出せない。

ここは、自然に対し謙虚に頭を下げよう。

それから植物の生育を見守り、大地に根を張るよう支援の輪を拡げよう。

今必要なのは、考えたり反省することでなく行動することだ。

次世代への責任は、現在生きるすべての人にある。

原発

その日、歴史は変わったのだ。

以降、考えるべき問題ではない。

人間が制御できなくなった時点で、この議題の一切は無用との結論を得た。

安全性は根底から瓦解した。

あたかもあの日起きた建屋爆発の如く。

人は未知なるものに恐怖心を抱く。

次に懸命に理解するように務める。

信じた瞬間、思考は停まる。

安全である、とは時の為政者とそのステークホルダーが言い散らすにすぎない。

それが今回でよく分かった。

さて、裏切られた。

どう考える?

まずは原発運転を止める。

全部を一斉に止める。

そこまでするのは感情的すぎる?

そう考える人に被災者の関係者はいない。

原発事故は日本の技術ですら制御できない。

そのことを世界中に見せつけた。

海外の日本製品に対する信用が大きく揺らいだ。

だからこそ、危ないことだからやめましたと宣言する。

浜岡の停止要請がでた。

原子炉もんじゅにも制御不能の炉がある。

その危険性はフクシマと似たレベルという。

また、島根原発が耐えられる津波は5メートルという。

このまま運転している場合ではない。

多くは電力不足による経済停滞を恐れるであろう。

しかし、原発の脅威と比べ一体どちらが恐怖といえるか?

これ以上の人災が起きてしまった場合、我が国は補償できるとでもいうのか?

また、後世の人に対して、人体の安全と自然保護の観点において責任を負えるというのか?

フクシマ原発事故は、国民に突きつけられた問題でもある。

結論は先送りしないほうが良い。

その後の経済停滞や企業の海外流出などは、地震より想定内だ。

国民が協力し、また英知を集めれば必ず早期に解決できる。

エネルギーを可能な限り少なく使用し、浪費をしない社会にしよう。

巨大な核融合炉ではあるが、ここは太陽エネルギーの活用に期待する。

科学者はデータの分析はするが、安全とは宣言しない。

仕組まれた選挙

参議院選挙を終え、この先のねじれ国会によりますます国政が読みづらくなる様相だ。

総括すれば民主党政権のこれまで8ヶ月を及第点とするか否かであったようだが、これは管首相が突然に消費税引き上げを口走る事で余計に話しを煽ったと指摘する声が多い。

私も消費税が今回の争点であるかのように考えていたが(考えさせられていたか?)、蓋をあけると消費税引き上げを主張する別の党、自民党が大いに躍進していたのだ。勿論、反対票を一斉に集めた党もある。しかし、最終的に国民は二大政党の片方の指示に動いた。そして今回の既成事実により消費税引き上げは晴れて国民の了解事項となった。それだけが、選挙で判明した日本の近い将来の筋書きだ。

残念なことは今回の選挙も、イデオロギーの対立ではなく与党対野党の票取りゲームに終始したことだ。

一体どうしてか?

やはりメディアが扇動し、世論を動かしたことになるであろう。

しかし、選挙を程度の低いものとした功罪は大きい!

その間でも普天間基地問題の話題すら報じることはない。今でもあの世界一危険なヘリコプター基地では休むことなく軍用機の離発着がつづいているというのに・・・(余談であるが、与党が沖縄に候補者を立てなかったのは国政選挙の事情もあろうがあまりに狡猾と思う)

また、この国は2000年からの経済成長率はOECD中だんとつ最下位。歳出の3割を国債などの借金に頼り、その8割を返済にあてる。長期に経済規模が拡大せず、その間に借金が膨れ上がり、加えて雇用の減少とデフレも招いた。

これらすべてが問題なのである!

マスコミを牛耳るシナリオ作家により世論が決まるとは、話題の阿久根市長の語りであるがまったく同感だ。このままではシナリオ作家が気に入る議題だけを、彼等がお気に入りの大根役者が演じる国会劇場となってしまう。

「日本を一度洗濯いたし申候」

候補者の名前と政党の連呼が終わると鳴りを潜める議員殿、ここは竜馬の志を見習い活躍が目立って仕方ないほど奮闘して欲しい。我名誉や政党でなく日本の将来のために!

党首会談

本日朝の党首会談は目新しさにかける内容に終始した。選挙を控え大胆な論議を避けたかったのか、あるいは聞き手が党首ばかりのため進行役が遠慮したのか、内容は寂しい限りであった。

中でも話題は消費税引き上げ問題である。

野党第一党、自民党の出した案にただ乗りした民主党党首の話である。

「2020年までにプライマリーバランスを黒字化する。これらはG8、G20でも一定の評価を受けた財政建て直し策と経済成長路線の二本立て、いわゆる上げ潮政策である。財政再建においては各国とのバランスを重視し調整していきたい。また、消費税は社会保証を手厚くする財源として充当したい。」

耳障りのよいお題目を並べたが、結局は財政重視でも金融政策重視でもあるかのようなあいまいな発言である。将来を予見することなく、現行路線の変更すら見出せない話に終始した。

このうち消費税引き上げは民主党政権発足時のマニフェストと異なる。

政権を取得したことで官僚との結びつきが深くなったか・・・所得税や法人税などの直接税と異なり、比較的公平感がある間接税の魅力に菅さんはどうやら捉われてしまったらしい。これは役人の入れ知恵に間違えあるまい。

消費税アップは元々、傷ついた年金基金を立て直すというムード作りに出る。年金のためなら国民はどんな血税でも納得してくれるであろうとの考え方が前提である。しかし、年金基金が破綻していることは国民は薄々気が付いている。因みに現在の年金基金は約7兆円の赤字という。

要するにこうした穴埋めのため消費税をアップするが認めてくれとのキャンペーンなら話は分かりやすい。だけどこれも制度改革を行なうなどの前提が必要で百歩譲っての話である。

消費税を今後も地方税とせず国税として吸い上げ続ければ官主導の不明瞭なばらまきが待ち受ける。これまでと同じ方法を繰り返してはなるまい。

さて、今回の選挙前の発言によると菅首相は間違えなく消費税引き上げに向う気持ちにあると考える。

また、自民党と民主党が同じ事を発言し他に争点が絞れないのであれば、別の小党が消費税引き上げに反対する理由も耳を貸して、引き上げの是非を問うことを有権者として考えてみたい。加えて各党が主張する他の財源と削減項目も経済政策と合わせ判断材料としたい。

最後に本日の党首会談で、みんなの党党首の渡辺氏の発言は大学教授である高橋洋一氏と似る。おそらく高橋氏が引き続き指南役に抜擢されているものと考える。

参議院選挙に向う心構え2010”

あれほど世間を騒がせた政権交代から8ヶ月。早くも代表と黒幕の2枚看板が脱落、左程新鮮さはないものの新しい首相の下で参議院選挙が行なわれる。

各党のマニフェストが出揃うが、凡そは旧与党の自民党政権と内容が酷似していることに気付く。民主党と自民党が大きく異なるのは子供手当てと郵政民営化くらいである。

事業仕分けのお祭りの後は、いよいよ本丸?の消費税引き上げ論である。民主は2兆円を削って10兆円を吸い上げるか・・・しかも、自民党政権の主張に寄り添うごとき論調である。今後もイデオロギーなき舌戦が繰り広げられることにいささか憂鬱な思いがする。

選挙を前に少し整理した。

子供手当て

支給金額が問題となるが、子供は社会の財産と考えることは日本の未来を見据えることでもあり、政策としても重要となる。

今後の少子高齢化により、これから大人になる子供達の収入における社会保障費負担率は間違えなく上昇するであろう。2020年には65歳以上が人口の1/3を占める世界一の高齢化社会になるようだ。つまりは今後働く年代、現役世代の可処分所得は間違えなく減るということだ。ではどうしたら良いか?

高い付加価値を社会にもたらす必要がある。そのため現在の子供に、より高い教育を身につけさせる必要がある。これらが子供手当ての論理であろう。貯蓄が多く、お金を使う必要が少ない老人より、社会の宝物として社会により手厚く子供を育てる。主張する政党は、これからも続けることを声高らかに宣言する姿勢が肝要である。

郵政民営化

現在真剣に反対しているのは連立を組む小政党の党首だけではないか?しかし、参議院選挙後の民主党が過半数を得ても、また連立を組んだとしてもこの審議は国会を通過する様相だ。

局員20万票を得たいことも理由にあろう。しかし、ここまで民営化を薦めたのであれば時計の針を元に戻すことなく現経営陣にそのまま託せばよいではないか。あまりに勿体無い話になりかねない。

民業を圧迫することなく、今後も分社によりスリム化して自主経営を維持することが最も効率的ではないか?自由経済の洗礼を受けることもあるだろう。しかし、いずれは安定した経営により早期に上場し、株式売却で得たお金を国庫に入れる。また、赤字部門を再び国が管理することになれば借金はさらに膨らむであろう。事実を白日の下に晒しつつ経営の効率化を図ればよい。黒字に転換すれば納税すら可能な話となる。

法人税率引き下げ

賛成である。中小・零細企業においては率先して納税する事になれば財務は強化されよう。赤字会社が大幅に減ることは社会のメリットにつながる。大企業の場合、国際競争力の観点より国内と海外の生産拠点をつねに探っている。仮に国内で納税率が下がれば(一概には言えないが)海外に拠点を置く事を控える。大企業の多くは中小企業と相互依存する関係である。ゆえに、大企業を国内に引き留める意味は小さくない。

沖縄基地問題

現在の沖縄県民を代表する民意は、沖縄県民の負担軽減ではなく普天間基地の県外移転である。では、沖縄に住む人以外で自分の居住地域に基地が移転されるとする。こう考えると一体どうだろうか?沖縄県民80万人を日本国民1億人における少数意見とするか?否、看過できない由々しき問題がはらむはずだ。基地問題については、沖縄県民のたとえ少数意見でも尊重する立場の政党が望ましいと考える。

高速道路無料化

必要のない道路を作り、回収の見込みが立たないと判断するやいち早く無料となった道路がある。あきらかに計画の失敗を隠蔽する手段に高速道路無料化を利用したものであろう。

他の先進国を例にとると高速道路は無料が多い。しかし、日本の国土の7割が山林である。高速道路の大半は住宅密集地区を避けるように作られた。そのために道路を作るコストが跳ね上がった。このことが通行車に対し高い料金負担を強いる事となり利用の減少を招いたようである。

これまでの費用回収は一般財源から使用するより、やはりマイレージなど使用頻度により得るべきではないかと私は考える。そのほうが公平感がある!しかし、今後必要となる道路補修財源の確保は急務だ。無料化を続ける訳にはいくまいとは私の結論である。

観光については、公共機関に補助金を出し使用を促すべきと考える。現在のところは無料化に伴う財源支出は大いに抑えるべきである。

5年以内に消費税引き上げ

消費税は単純にインフレをターゲットとするには有効な策であろう。しかし、デフレ局面であれば消費を抑えるだけだ。個人所得の上昇見通しと安定雇用について更に言及すべきであろう。今後の日本は高度消費社会を自国内において構築する必要がある。現在1500兆円の個人資産が塩漬け状態であるところに問題がある。社会システムを練り直し、お金の流動化をまずは検討したい。財源確保よりまずは支出削減!有効な経済政策は当面、財政政策でなく金融政策と考える。

余談であるが、温暖化ストップ!二酸化炭素25%削減目標

ここのところさっぱりご無沙汰であるが、中途半端な目標ではなく一度ゼロベースで考えてみよう。すると生きている事がエコではないことに気付くかもしれぬ。そこで高度に文明化した社会でも取り組める、生存に必要な商品およびシステムが生まれるはずだ。それらが産業構造を変革し経済を牽引する。環境問題を重視する姿勢があるか否かを各政党に問いたい。

もんじゅの悪知恵

文殊菩薩とは精神統一の体現者、知恵の菩薩として普賢菩薩と並び称される。

菩薩とは人々の苦しむ声を聴き分け、身悶えするほどの苦しみからでも衆生を救う修行者である。

さて、この文殊菩薩がこのたび運転を再開した「高速増殖炉もんじゅ」のネーミングの由来と知り驚く?

同時に過去の忌々しい出来事を思い返し、いかにも似つかわしい名づけに苦笑する。

知恵ならぬ悪知恵をこの世に体現するとはいかにも皮肉な話。一仏教徒として名前を語って欲しくないとも感じる。

さて、この高速増殖炉もんじゅであるが知恵の化身?として、また安全の期待を背負い1991年に運転を開始するも5年も経たないうちナトリウム漏れ事故を起こす。この事故ではお決まりの事実隠蔽により地域住民および国民から最大級の怒りを買うこととなる。

この隠蔽体質であるが、国家プロジェクトにおいてもはや常識事であろう。

沖縄返還時の米国との核密約が白日に晒されたことは記憶に新しいが、核のタブーについては関係者一同、事実関係を躍起になり隠蔽する。原発も然りと考えても不思議はあるまい。

10年前のもんじゅ事故では報告にあたる担当者が自殺した事件を想起する。

国家権力が一個人を追い詰めたと、遺族の憤懣やるせない想いを察す。

さて、私はこのもんじゅの事故を詳しく知る者でない。また原子力発電については新聞により得た僅かな知識を持ち合わせているに過ぎぬ。だからと開き直り無暗に原発を批判するつもりではない。ただ現在考えていることを率直に意見する。

まず今回の運転再開につき、地域住民に対して国家がもんじゅの安全を保証したとの報道に戦慄を覚えた。

いくつかの不可解な疑問を挙げることとする。(原発に対する不足した知識を曝け出すこととなるが、ここは仕方あるまい!)

このたびの安全基準は事故以前と比べ、一体どれ程厳しいものか?

これまで多くの安全神話が大自然の猛威によりことごとく書き換えられたが、想定を大幅に超えた時の用意が果たしてあるのであろうか。いうまでもなく日本は世界的にも稀な地震大国である。数年前に起きた新潟地震で柏崎原発が間一髪であったこと、また最近は世界レベルで地震活動が活発化してきていることなど・・・不安要因を挙げれば限がない。

また、チェルノブイリ原発事故発生から約10年後にもんじゅの事故は起きている。アフター・チェルノブイリである。事故の内容こそ違えども人為的ミスと設計上のミスが重なったことに変わりはあるまい。チェルノブイリでの死者は10万人以上ともいわれる。これは原爆により広島で犠牲となった死者に匹敵する。加えて有事に原発が狙われたら最後、爆発による被害は想像を絶する。民家に自前の核爆弾を隠し持つことに等しい。では、一体これをどう解釈すればよいか・・・

また、過去例より起こりうる全ての可能性をデータベースで考えられるとすれば、世界的に今もなお大小の原発事故が多発している事への裏返しにならないか?

もんじゅにつき安全基準を策定し太鼓判を押した文部科学省と経済産業省に加え、主幹の日本原子力機構に対するチェックは機能しているといえるか?

最後に、今回のもんじゅ運転再開を認定した立場の人々は地域住民に心より責任を持つ人といえるか?

何はともあれ運転再開を優先したともいえる事件が昨日もあった。

今回は検出器不具合につき公表遅れの報道である。

また核不拡散条約の気運が拡がる中、核弾頭に積載できるプルトニウムを原発により日本が作るのではないかと疑惑を持つ国があるらしい。

そのためIAEAから世界各国で最大規模の200人の査察官が日本に常駐していると聞く。(数年前の記憶だが・・・)核廃絶を世界に訴える我が国の立場として甚だ迷惑な話ではないか!

とにかく原発による恐怖がトラウマ化した人が多いことも事実、これらの厳しい目に行政はまず向かうべきだ。

提言すると、不信感が募る国民に原発の安全性を伝えるばかりでなく、しっかりリスクを説明すべきではないか。

今、まさにその時期にあたると感じる。

国政に対する信任が揺らぐ現在、大切な命を危険に晒すことは断固避けて欲しい。

行政が保証する国民の命は国債の元本保証と同じであると、霞ヶ関の机上で考えられてはいないかと懸念する。ここは慈愛に充ちた文殊の知恵を望む。

郵貯上限額引き上げの意味?

連日報道されるニュースより、我が国の経済力がかってない程まで疲弊していることが読み取れる。

世界と比較しても凋落ぶりは明らかでもある。先進国において最も落ち込んでいることはもはや疑いのないところだ。

特に郵貯の貯金上限額引き上げ報道については、現政権の財政における考え方に加え今後の日本を占う意味で重要であると考えた。

ひとまず経済状況を把握するため最新情報を整理する。こうした情報の中の数値は未来を予測する判断材料といえよう。

トピックスを幾つか拾ってみると・・・

財政

     税収(収入)37兆円に対して歳出予算(支出) 54兆円  

(あの第二次大戦後で最悪の財政事情ともいえる1946年以来!)

     政府の公的債務 949兆円 国民一人当たりの換算で750万円 

(子供も人数としてカウントされる。この意味は二重に重い!将来に禍根を残すなかれ!)

     債務の対GDP比 1.97倍 

(先進国中最悪!アメリカでも1.0倍以下である)

     追加が可能とされる国債 569兆円 

(これでもまだやるか!いや、この試算こそ今回の郵貯上限額引き上げのため事前に政府が要求した数字であろうか?

そうであるならこの数字に妥当性はある?)

経済

n         需要不足30兆円 (いや、もっと!官の公表したくない数値はことごとく控えめとの法則か・・・)

n         大企業の景況感2期連続悪化 (これでは中小企業はどうなる?)

n         ガソリン価格 130円を超える (デフレ下の資源高騰が意味することに戦慄を覚える!)

やはり今回の郵貯限度額引き上げの件は今後の財政破綻防止に向け背水の陣を布いている感が否めない。

時の郵貯民営化に一部賛成していたのが民主党、絶対に反対としてきたのが国民新党。

当時と状況こそ異なるとはいえ、与党の民主党が政策を変更してまで郵貯を囲い込む理由を推察すると日本が現在置かれている状況がつかめる。

最悪のシナリオとは・・・

国債価格が暴落!それに伴い金利は上昇。国債を大量に保有する国内金融機関は評価損を抱える。それに伴い自己資本比率が悪化、必然的に貸し渋りが起こる。長期金利上昇のため大手企業の設備投資および資金調達意欲は減退する。

銀行からの借り入れ比率が高い中小企業は、金利負担に耐え切れず破綻が相次ぐ。

国民は雇用と未来への不安のため消費をさらに抑える。それが更なる需要不足を引き起こし景気は急降下する。

円の国際的信任が低下することで今度は通過の暴落が発生。

元々食料依存率や原材料の輸入比率が高い我が国は、不況下で物価が上昇するインフレ、いわゆるスタグフレーションに陥る。国民の生活は可処分所得の減少に伴い困窮を極めることになる。

その後円資産の減少を恐れる大企業は、危険回避のために資産をドルまたはユーロにシフト。

また、本拠地を海外に移す企業も増える・・・考えただけで恐ろしい。

しかし最悪の事態とは、国債の支払いが滞り世界のマーケットで円による決済ができなくなる事態、いわゆるデフォルトである。

これは国民の貯蓄率の高さに加え、借金である国債の国内消化が高いことを理由にありえないといわれ続けてきた。

しかし、このたび郵貯を再度、官の指導力の及ぶ体制にすることが何を言わんとするかである。

郵貯の全国一律サービスの復活、および職員の常時雇用を政府が決めた。

民業圧迫の声が再び高まる中、郵政民営化選挙で自民党が300議席を得た5年前の形に逆戻りした。

しかし、郵政貯金の預金残高は現在でも280兆円、メガバンク3行の1.2倍にも及ぶ。

よくよく考えると現在の政策はやはり最悪のシナリオに備える準備をしている。

今、この時がまさに緊急事態と認識しているのは我々よりむしろ政府であるともいえよう。

郵貯を早く株式上場させてその売却益を財源として国庫に入れるより、政府が必要なだけ国債を発行して郵貯が吸い上げる事情を何よりも優先する。

この国債は、購入の大半が郵貯を含む国内の金融機関である。今や個人は殆ど買わない!

しかし、国債の原資はもともと国民が金融機関に預けたお金のはずである。それが足りないから、あるいは担保力が必要だからということか?

これまでの方法で運用を続けていけば、すぐさま制御不能の状態に陥るのは誰が見ても明らかではないか。

民間金融機関であれば貸し出しをするが郵貯はその機能がない。これからの郵貯も、国債を買うため国民から集金する機能だけが期待されよう。

さて、今の不況であるが先に述べたように需要不足が明らかである。

マクロ経済の貸付残高が増えない限り、問題とされるデフレの解消は無理である!

それゆえこの法案可決により、郵貯資産を担保に民間にお金を回すシステムを組むことが急務と考える。

抵抗も予想されるが、非常事態の回避として実行することを公言すれば理解を得られるかもしれないと考える。

シャチとシェパード

大きな船がとてつもなく大きな魚を狙うため運航していた。

すると警備を装った国籍不明の小さな船から、船長と名乗る外国人が乗り込んできた。

大きな船の船長と、非礼な手段を用いてでも船の運航を阻止したいと考える船長が船上で初めて顔を合わす。

普段無口で温厚な大きな船の船長が珍しく興奮気味に語る。

「これは世界中が認めた釣りだから邪魔をしないで欲しい。だから言ったではないか、釣りの目的は調査だ、

かつて南氷洋を血の海にしてまで捕獲したのはクジラ漁、ここ数年続く釣りは調査が目的・・・

一体何処がどう違うかって??違いは明白だ!その証拠に本国から10億円もの国費、補助金をもらっている。

要するに私達の任務は、国から認められた事業そのものなんだよ。

調査する理由?多くの科学者がそれぞれの見地よりクジラ研究の必要性を説いているではないか。

くじらの体内に先進国が垂れ流した汚染物質が入っていないか、またクジラが増え続けると彼らが食べるイワシやサバなど回遊魚が減るという食物連鎖上の問題であるとか・・・要するに個体数調査の必要があるんだ。

俺たちの責任で個体数が減ったから調査するって?いや、そいつを調べるため調査が必要なんだ。海の水をプールのように抜くわけにはいくまい。だったら釣りあげるしかない。調査しなければ何一つ分からない。

またそれで個体数の判断が可能か否かは別として、とにかくクジラの生態を解明するため重要な調査手段なのだ。

だから我々は、こんな遠くまでやってきてクジラ釣りをしている。

実のところは近海でもクジラを釣る事が出来る。これ程まで離れた場所にやってきて、大切な調査をしているのに周辺国の反感を買う。率直にいうと心外だよ。繰り返すがこれは本当に調査なんだ。科学者ももっと大きな声でそこのところを強調して欲しいよ。彼らは世論から批判が集まると直ぐに舞台裏に隠れてしまう用心深い面々でもある。

たしかに国の連中は釣ったクジラを喰っている雰囲気はある。いや・・・事実あることは認めるよ。

稀少でもある釣ったクジラを今一番高い値で買い取ってくれるのがたまたま我が国、理由はやはり食用として利用するからさ。だけど将来的には経済成長著しい新興国に売り先が変わるかもしれない。

さて、我々がクジラを食用とすることを君は個人的理由より忌み嫌うらしいが、この習慣は太古から続く民族的風習でもあるんだ。こうした我が国の食需要こそ足りない調査予算を補っている。だからこそ調査が続けられる!

言ってみれば一つの民族の食習慣が、人類にとって重要な海洋調査を支えていることになるぞ!

また、我が国だけでなくノルウエーやアイスランドも捕鯨をしている。

もっと派手に食べ・・・いや、独り言である。

まあ、捕鯨についてかなりの規制がかかる現状では、調査捕鯨すらとりやめるとする勢いが優性であろう。

個体数減がはっきりすれば、調査とはいえ一頭すら捕獲できまい。

だけど調査を続ける正当な理由がある間はクジラを獲り続ける。

魚の養殖技術においては世界最先端の技術を保有するのも我が国、いざとなれば資源の再生に努力を尽くすことも請合うよ!

だから暫くは釣りをする我々の邪魔をしないでくれ。今回のように特別目立った方法で妨害されると、意図する事が別のところにあるのではと皆に勘違いされるかもしれないぞ。」

この会話の後、船長同士が意気投合して船上で杯を酌み交わしたという話はまだ耳に届かない・・・。