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2007年のサンタクロースに望むこと!

今日はクリスマスイブ。

街中はイルミネーションで飾り立てられ、何が模範かよくわからないが、幻想的(現代的?)風景をかもし出す。久しぶりに開いた市の買出しを終えた様に、人々は大きな包みを提げながら人で混み合う師走の街を行き交う。

今が旬よ!と近年,定番化した音楽が執拗までに耳に入り、マスコミはまるで大災害を報道するかのようにフェステバルに沸く人々の様子だけ騒然と写す。

クリスマス。もともとは教会と信者による宗教的儀式(祭典)

この文化が日本の大衆文化に定着した背景には、欧米の豊かな物質文明に対する憧憬があったことだろう。

今、我が国は欧米並みの物質文明を謳歌できるほどになり、その繁栄を象徴するかのごとく、この祭りは過激さを増している!!

バブル期や景気回復期など、この日を、これ見よがしに贅沢三昧する日本人の姿が度々放映された。経済の発展に伴い、商業的意義の重要性が増した。それに伴い宗教的な意義を問うことすら少なくなった。

この文化に対する日本人の精神的解釈はどうだろう??

(勿論、信者を除くが) 2000年の歴史を抱える欧米の宗教的儀式の完全模倣を目的化しているにすぎないのではないか??

精神的思考の支柱をもたぬ擬似行為は、後世の世にまで誤解をもたらすに違いないであろう!

そもそも、愛する人にだけプレゼント(物資)を送り、また送り返される行為を神が推奨しているとは思えない。

この日ばかりは家族を省みようなど語る、本日づけのA新聞の表紙を飾る看板エッセイなどは、とてもいただけない。

この一日の意義を訪れた今日、無理矢理、しかも場当たり的に解釈しようとしても土台は無理な話!

せめて懸命に考えようとするなら、この日はキリストと同じく、人類の幸福を考えるべし。

史上最悪の人道危機、残酷な殺戮が今なお続くスーダン、ダルフール問題は今こうしている間にも罪のない子供や女性が銃弾により倒れている。

内紛が多発するイラクの国民の生活、洪水により多くの人が犠牲になり、なおも治まる気配すらない世界で一番貧しい国、バングラディシュの人々。

皆、同じ時代に同じ空気を吸って生きている!

唯一平等であるはず?の空気の質について責任すら持たないと言っているのは、あの超巨大国!今日一日、とても幸せに暮らしている様子だ。(少なくとも前述の国々よりは・・・)

我が家では今日、そんな話をしてクリスマスの日を迎えよう!

親父なんてきっとサンタさん来ないよ~ って言われるだけだが・・・

このままこの外来文化の上辺だけを、我が子に教えるわけはいかない。

宗教的には異なるが、この日をクリスマスとして迎えるためにキリストの善行を心に刻み、人類の共存と平和を希求する日としよう!

そして子供に教えつつ自分を戒める。

キリスト同様、他人の苦しみを我がことのように考え、多くの人に愛を惜しみなく与える人になれますように!

そして、多くの人々が自分の家族を大切にし、贈り物をする気持ちを人類に向ける。人類皆サンタと化す。世の中は善意の贈り物で溢れる。しかしクリスマスを飾るだけの仰々しい包装紙は必要在りませんヨ!

すべて今年のお歳暮のように簡易包装で構わないからね!!

本日ブログを書き終えた後、何気なくテレビをつけると、日本人がフィンランドのサンタと称する人に会う設定で、その実況中継を放映していた。そこで敬虔な信者のコメントを聞き、今回のブログ内容の中で、クリスマスに対する認識に不足があったことに気づいた。それは、「信者はイブ、もしくはイエス生誕日である25日には、家族以外の人と連絡すら自重し、ひたすら家族といる時間を大切にする」との内容であった。著者の認識不足をお詫びすると同時に、この日の宗教的な重みについて改めて認識することになったことをここに追記する。